第69回 モロッコの金曜日は“クスクスの日”
クスクスはモロッコ人の信仰に結びついているとともに、人と人を結ぶ食べ物なんだなあ。私がそういうと、ヒシャムさんはうなずいて話を続けた。
「市販のクスクスがなかった時代は、クスクスは娘が母親に教わる最後の料理だったんですよ。モロッコの女性は10歳になるとキッチンに立って手伝いを始めます。野菜を切るといった簡単なことから始めて、スパイスの使い方など母親に少しずつ教わっていく。最後に上手に粉からクスクスをつくれるようになったらお嫁にいく準備が整ったとされたんです。だから、モロッコのお母さんはみんな料理が上手。私のおかあさんもね」
毎日食べていた料理が自分にとっていかに大事なものだったかということは日本に住むようになってからわかったとヒシャムさんは言う。
「私はモロッコの文化を伝えたくてレストランを開きました。でも、どんなにがんばってつくっても、モロッコで食べる料理にはかなわない。モロッコにはどの街にもスーク(市場)があって採れたての野菜や新鮮な肉、魚介が売られています。野菜なんかは種類も豊富で日本で売られているものとは違う。みずみずしくて味が濃いんです」
しかも、母親たちは毎朝、市場に出かけて美味しそうな食材を自分で見極めながらその日のメニューを決めるという。
「家に帰ればおかあさんが料理をつくって待っている。それが日常だったので当たり前のことだと思っていたけれど、モロッコの土地で育った食材でおかあさんがつくる料理は他で味わうことのできないものでした。母国を離れて初めてそのありがたさに気づいたんです」
家族のためを思ってより新鮮な食材を選び、時間をかけてつくる母の愛情。それは何よりも勝るスパイスなのかもしれない。

Le Maghreb Chandelier(ル マグレブ シャンデリア)
東京都港区西麻布1-12-5 1F
電話:03-3478-1270
ホームページ:http://www.lemaghrebchandelier.com/
中川明紀(なかがわ あき)
講談社で書籍、隔月誌、週刊誌の編集に携わったのち、2013年よりライターとして活動をスタート。何事も経験がモットーで暇さえあれば国内外を歩いて回る。思い出の味はスリランカで現地の友人と出かけたピクニックのお弁当とおばあちゃんのお雑煮
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