第68回 捏ねて楽しいチベット族の国民食
「モモは熱いうちに食べないと!」
振り向くと男性がほかほかのモモを手づかみで食べていた。「えっ、手で持って熱くないの?」と思わず聞くと、「こうやって食べるのが美味しいんですよ」と笑う。どうやら手で食べるのはインドやネパールの影響らしいが、チベットから亡命したというギャムツォドルジェさんは豪快に食べながら言う。
「チベットでは温かいものは温かいうちに食べる。日本人は料理をつくり置きするけれど、チベットでは冷めたものを食べると体によくないと言われているんですよ」
そして、母親がいれたバター茶を飲む。「標高の高いチベットでは冬は寒くてほとんど仕事がなくなる。そうすると家族で火を囲み、バター茶を何杯も飲みながらいろいろなことを話すんです」と、ギャムツォドルジェさんは懐かしそうに言った。
チベットの話を私と一緒に聞いていたロサンさんに、「チベットに行きたいと思いますか?」と尋ねる。するとロサンさんは「もちろんです」とゆっくり頷いた。
「いま、私は結婚して日本国籍を持っているので行くことはできるんです。お店が忙しくてなかなか時間がつくれないけれど、いつか行きたい。亡命したチベットの人はみんな故郷に戻りたいと思っています。だって、友達の家にずっといるのも嫌でしょう? やっぱり、自分の家が一番だから」
実は、店名の「タシデレ」には「幸福」という意味もある。そして、チベット族の人たちは誕生日や結婚式など特別な日に繁栄を願ってツァンパを空へと撒く習慣があるという。とりわけ正月には「タシデレ」と声を上げながら撒くのだそうだ。亡命した人々がチベットの空にツァンパを撒く景色を、いつか私も見てみたいと思う。

Tashi Delek(タシデレ)
東京都新宿区四谷坂町12-18 四谷坂町永谷マンション 1F
電話:03-6457-7255
ホームページ:http://tashidelek.jp/
中川明紀(なかがわ あき)
講談社で書籍、隔月誌、週刊誌の編集に携わったのち、2013年よりライターとして活動をスタート。何事も経験がモットーで暇さえあれば国内外を歩いて回る。思い出の味はスリランカで現地の友人と出かけたピクニックのお弁当とおばあちゃんのお雑煮
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