第42回 親子をつなぐカンボジア版お好み焼き

「いまは買うことが多いようですが、昔は自分たちで麺をつくっていました。こねた生地を小さな穴をたくさん開けた空き缶に入れて、ぐぐーっと押し出す。どこの村にも共同の生地をつく機械がありましたね。テコの原理で足を使って踏んでつくもので、子どもも手伝うんですけど、体重が軽いから3~4人がかりで……。楽しかったなあ」

 カンナさんが日本に来たのは1980年、9歳の時。1975年に内戦が終わったカンボジアでは、ポル・ポト政権によって極端な共産主義政策が断行された。従来の社会制度や教育が一切否定され、知識階層を中心に大量虐殺が行われて、再び内戦に突入する。絶望した国民の多くは命の危険を冒しながらも国境を越え、タイの難民キャンプなどに身を寄せた。その渦中の1979年、日本政府はインドシナ難民の定住受入れを開始し、大和センターなどを設立したのである。

 カンナさんも両親を亡くし、親戚と一緒に日本にきたそうだ。自宅には母親の写真が飾ってあった。「おじさんがカメラマンだったので奇跡的に持ってくることができました。お母さんに似ているってよく言われるんですよ」。柔和な表情のお母さんの写真は、確かにカンナさんに似ていた。

 カンボジアフェスティバルはスポンサー集めから出店の管理、本国からの芸能人の招聘まで、運営の基本は在日カンボジアコミュニティが行っている。初めての大きな行事に手探りなことも多いが、みんなに共通するのはカンボジアを知ってほしいという思い。ふと見ると料理を食べながら仲良く談笑するセレイさん親子がいた。バンチャエウが言語の違う親子をつなぐ。「子どもたちが好きな料理だから」という言葉が心に響いた。

中央が伊藤さんで、その向かって右がセレイさんとソニタちゃん、アリアちゃん親子。セレイさんはプノンペン郊外のカンダール出身
[画像のクリックで拡大表示]

カンボジアフェスティバル2015
日時:2015年4月25日(土)・26日(日) 10時~19時
場所:東京・代々木公園
ホームページ:http://www.cambodiafestival.com/

中川明紀(なかがわ あき)

講談社で書籍、隔月誌、週刊誌の編集に携わったのち、2013年よりライターとして活動をスタート。何事も経験がモットーで暇さえあれば国内外を歩いて回る。思い出の味はスリランカで現地の友人と出かけたピクニックのお弁当とおばあちゃんのお雑煮