中米コスタリカ、モンテベルデ。10月は、雨季の終盤で森は濃い霧に包まれ、湿度の高い日が続いていた。そんなある朝、台所の段ボール箱に入れてあったバナナが、何ものかにかじられていることに気付いた。それも、バナナの皮だけだ。
さてはキノボリネズミの仕業だな、とぼくは思った。このところ、体長5センチほどの可愛らしいキノボリネズミが、夜中、家の中をチョロチョロと無音で駆け回っていたからだ。(第60回で紹介)
「ギリギリまで皮だけをキレイに食べるな~、そんなに皮が好きなんや~」と関心。それならと、同じ箱にバナナの皮だけを「餌用」に入れておくことにした。
しかし翌日、目の当たりにしたのは想定外の光景だった。
日の入り過ぎの6時過ぎ、バナナの皮の入った段ボールへと向かっていたのはなんと、ネズミよりもはるかに小さな生きもの、ハキリアリだった。
体長は5ミリほど。よく見ると、バナナの皮の小さな断片をアゴにくわえている。そうか! 昨晩バナナの皮をかじったのはアリたちだ。
でも、ハキリアリがやって来たのは驚きだった。
ぼくの家の中にはオオアリたちが住んでいる。だからオオアリを見かけたり、そのオオアリたちを狙ってグンタイアリがたまにやって来たりというのは「ふつう」のことだ。(第77回と91回を参照)
だけど、ハキリアリが家の中に入ってきて、台所にある食料を採集していくというのは聞いたことがなく、ぼくの想像を超えていた。(ハキリアリの情報は第43回と44回を参照)
いったいどんなものを収穫していくのだろう? ちょっと実験をしてみることにした。バナナの皮に続き、サツマイモやタマネギ、キャベツ、パッションフルーツの皮、調理用の大きなプランテインバナナを、段ボール箱の中に入れておいた。
翌朝、ハキリアリの好みが明らかになった。タマネギとキャベツは一切収穫されておらず、サツマイモは少しだけ。パッションフルーツの皮の内側にある白いモロモロした部分はかなり刈り取られていた。そしてやはり一番人気は、バナナの皮とプランテインバナナだった。
今、ここバイオロジカルステーションでは、ちょうどグアバの実が熟し始めている。数個拾ってきて、台所のテーブルの上に置いておいたところ、ハキリアリたちはこちらも「よろこんで」持ち帰り始めた。
葉を切るときと同じ要領で、半円を描きながらグアバの実を器用に切り取っていく。そうしてアリたちが収穫している最中、部屋中がグアバの甘い香りで満たされ、ぼくはその甘い香りで至福感に満たされるのである。
【この記事の写真をもっと見る】ギャラリー:夜中に台所でバナナをかじったハキリアリ 写真あと9点

西田賢司(にしだ けんじ)
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
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