ヤマアラシを観察し始めた当初から、ずっと気になっていたことがあった。暇さえあれば、体をかいていることだ。どうしてそんなにカユイのだろう? その答えと思われる行動にでくわした。
その日もヤマアラシは、例のトイレにいた。用を足し終えて、寝床に戻るかな?と思いきや、木々を伝って反対方向へと向かう。
木の上でも動きはゆっくりで、止まってはカユイカユイを繰り返している。
辺りは薄暗くなってきた。ヤマアラシはトイレとは別のグアバの木の枝にやってくると、立ち上がって体をグッと伸ばし、隣の木の葉を手前に引き寄せてかじり始めた。
続いてヤマアラシは、その隣の木へ移った。こちらでも両手(前足)で枝先にある葉っぱを口元まで引き寄せて食べている。柔らかい若い葉っぱを好んで食べているようだ。
でも、いつもと何か違うと思った。時折、手足で体から何かを払い落とすようなしぐさをする。体をかいているときのしぐさとはどこか違うのである。そして葉を少しかじってムシャムシャしたかと思うと、すぐに違う枝へと移動し、また葉をかじる。しかも、この木での動きはほかの木にいるときに比べて速い。
あっ、なるほど! アステカアリがいるからだ!!
ヤマアラシが食べているのはセクロピアという木の葉。この木はアリと共生していることで知られ、アステカアリは、幹の中の節を部屋にして暮らしている。言わば、セクロピアの木全体がアリの巣で、アリたちが木を守っている。
普段は、数匹のアリが木の幹や枝の表面、葉を巡回したりしている程度だが、ちょっとした振動や刺激を木に与えると、無数のアリたちが「どわっ!」と出てきて、木の表面を覆いつくすほどになる。
アステカアリは毒針を持っていないが、敵に咬みつき、お尻から化学物質を噴射する。咬まれると痛いし、化学物質が入り込みかゆくなる。無数のアリにやられたら、相当かゆいだろうと想像できる。
そうか~。葉を引き寄せて食事をしていたのも、少しかじっては移動していたのも、アリを極力避けるためだったのか。ヤマアラシがいつも体をかいているのも、きっとこのアリのせいだろう。文献を調べてみると、メキシコキノボリヤマアラシは、マメ科の植物の実やイチジクの葉、そしてセクロピアの葉を好んで食べると書いてあった。
ヤマアラシのいろいろな謎が解け、脳がスッキリ! でも、ぼくもアステカアリに咬まれた箇所が、カユイカユイになってきた(笑)。

西田賢司(にしだ けんじ)
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
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