第127回 恋の歌を歌うツノゼミ

ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(カメムシ目:ツノゼミ科:Heteronotinae亜科)
A treehopper, Heteronotus trinodosus
真横から見たところ。これは、メス。
体長:約10 mm 撮影地:サラピキ地方、コスタリカ
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 9月から10月は、日本でスズメバチの仲間が活発に子育てをし、周囲に敏感になる時期だ。ヒトは不用意に巣に近づかないようにしないといけない。

 今回は、そんなスズメバチやアシナガバチ(スズメバチ科)に擬態しているツノゼミを紹介しよう。ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)という種だ。

 ヘテロノトゥス属のツノゼミは、コスタリカを含む熱帯アメリカに生息していて、これまでに40種ほど記載されている。ツノゼミの中でも大きめの種が多い。属名のヘテロノトゥスは「かたちの異なるツノ」といった意味で、この属のオスとメスでツノのかたちが少々異なることにたぶん由来するのだろう。メスに比べてオスのツノは、後方が少し大きく膨らんでいる。

 このヘテロノトゥス属40種にはいろんなタイプがいて、アリっぽいものや、蛍光色の色鮮やかなものもいる。今回紹介するヘテロノトゥス・トゥリノドススのように、ハチに擬態しているものもそこそこいる。

 このツノゼミは、複雑にくびれたツノがハチの胴体を思わせるほか、透明な翅や、やや長めの脚もハチそっくり。さらに、せわしなく葉や枝の上を飛んでは歩きまわる様子など、見た目だけでなく、動きもハチに似ているのだ。

 求愛の季節になると、1本の木にオスとメスがたくさん現れ、オスはメスを求めて木々のあちこちをちょこまかと移動する。飛ぶときの羽音もハチそっくり!

ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)ツノゼミ。上がオスで、下がメス。よく見ると、ツノのかたちがオスとメスで違うのがわかる。オオアリの一種、Camponotus atricepsが2匹、ヘテロノトゥスが排泄する糖蜜をねだりにやって来ていた(下側のメスの前後)。ヘテロノトゥスの仲間では、幼虫、成虫ともにアリとの「共生関係」が見られる。
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 そしてオスはメスを追いかけ、メスの周りに集まって、「恋の歌」を奏で始めるのだ。胴部とツノを上下に激しく震わせ、その振動を枝を介してメスに伝えるのである。鳴き声や鳴くときの行動はそれぞれのツノゼミの種や状況で違うけれども、ツノゼミは「恋の歌を歌う」のである。ヘテロノトゥス・トゥリノドススのオスの鳴き声は、フーポッ!フーポッ! や、ゥルルポポトトトッ!ゥルルポポトトトッ! と、SF映画の宇宙人から届く信号のようだ。

 NHKの『ダーウィンが来た!』の取材班やツノゼミの鳴き声を研究しているDr. Rex Cocroftが記録に成功している。言葉では表現しにくいので、実際録音されたものをこちらからどうぞ:「ヘテロノトゥス属のツノゼミの鳴き声」(Copyright 2008, by Reginald B. Cocroft)

このように、逆さを向いて頭を下にしているヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)ツノゼミのメスをよくみかける。シルエットで見ると、体を持ち上げ威嚇する大きなアリのように見えないこともない。このとき、なぜかこのツノゼミの周りを1匹の寄生バチ(おそらくコガネコバチ科)が何かを狙っているかのようにウロウロしていた。ちなみにオスは、求愛のとき以外では見かけたことがない。
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 脱皮して成虫へと羽化する前のツノゼミの幼虫は、その特徴であるツノを外骨格内にしまっている。複雑で長いツノを格納したヘテロノトゥスの幼虫は、いったいどんな姿をしているのか。気になったので、求愛活動現場となっていたマメ科の木を別の時期に探してみることにした。

 枝や葉をくまなく探すと、それらしき幼虫の抜け殻が見つかった。頭の後ろ、胸部の上の部分が盛り上がり、少し後方へと伸びている。ここに「ツノがしまわれていた」ようだ。

葉の裏についていたヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)ツノゼミの幼虫の抜け殻。ここから成虫が出てきて、あの長~いツノを膨らませて伸ばしているところを想像してしまう。
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 さらに探すと、オオアリたちが集まっている場所があった。よく見てみると、そこには小さなツノゼミの幼虫たちが6匹固まっていた。アリたちがいても、そこに幼虫がいることがわからないぐらい上手く木の表面と一体化している。

ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(Heteronotus trinodosus)ツノゼミの若い幼虫がマメ科の木の枝の分かれ目に隠れるように集まっているところをオオアリの一種(Camponotus atriceps)が教えてくれた。幼虫たちが排泄する糖蜜をもらおうと、アリたちが触角で幼虫の体に優しく触れているところ。アリの同定はDr. Jack T. Longinoにお願いしました。
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 いつの日か、ヘテロノトゥスの幼虫たちが羽化する瞬間に立ち会って、ツノを伸ばしてオオアリより大きくなる姿を見てみたいものだ。

ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(カメムシ目:ツノゼミ科:Heteronotinae亜科)のメス
A treehopper, Heteronotus trinodosus, female
後方に伸びるツノの先、膨らんだ部分の表面が四角形から六角形の網目模様になっている。胸側(写真枝側)に沿って伸びる翅脈部分の色が濃くなっていて、翅の先端では、その濃い色の部分がハチの針のように見えることがある。
体長:約10 mm 撮影地:サラピキ地方、コスタリカ
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ヘテロノトゥス・トゥリノドスス(カメムシ目:ツノゼミ科:Heteronotinae亜科)
A treehopper, Heteronotus trinodosus
メスを正面上から見たところ。赤茶色から黒のボディーに、黄色い線が入っている。
体長:約10 mm 撮影地:サン・ホセ、コスタリカ
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珍品中の珍品! スイスで一番古いチョコレートのブランドCailler(カイエ)が、1920年にチョコレート菓子のおまけ「シリーズXII」として出した切手のような2枚のカード。ヘテロノトゥスツノゼミが描かれている。昔の人にとってもこのツノゼミはインパクトが大きかったようだ。上がメスで下がオス。説明は学名とともに、フランス語とドイツ語で「刺すヘテロノトゥス」とある。実際は刺さないのだが、刺すハチのように見えるからなのだろう。(画像の提供は、Takayuki Tsutsuiさん)
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西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html