第155回 ピソちゃん侵入事件、「被害」はバナナ8本
今回はピソちゃんの衝撃的だったお話。
コスタリカの12月といえば、観光シーズン真っ只中の季節。数が増えすぎてモンテベルデの「名物」と言えるほどになったハナジロハナグマのピソちゃんも、そこら中でウロウロしている時期だ。
そんなある日のお昼ごろ、20分ほど上の本棟に出かけて戻ってきたぼくは、家の中から物音がするのに気付いた・・・「ん?」
玄関の扉は網戸だけにしていた。鍵をかけていないから押したり引いたりするだけで開く。何者かが侵入したのか? 網戸越しに部屋の中をのぞくと、積み上げた荷物の上を右往左往するピソちゃんがいた!
ちょうどカメラを持っていたので撮影しつつ、網戸を大きく開け放って出て行ってくれるのを待った。
室内はかなり荒らされていた。台所のゴミ箱はひっくり返り、コンロの周りの食べものが散らかっている。冷蔵庫の横に置いてあったバナナは何本も食べられていて、床に皮が積もるように落ちている。数えてみたら7本も。買ってきたばかりなのに。
ピソちゃんが、昆虫を研究用に乾燥させているエリアに行こうとしたので、ぼくは「そっちへ行かないように」と威嚇する。ようやく棚から下へ降りてきたピソちゃん。「よしよし、こっちへ来なさい」と網戸を大きく開けてピソちゃんが出ていくのを待った。
しかし、なかなか出てこない・・・。「ん、何かしている?」
なんとまたバナナを美味しそうに食べているではないか。「おいおい!まだ食うんかい!!」
「バナナのとりこになっちゃった」とでも言いたげな表情をこちらに向けてくるが、ぼくにはさっぱり可愛く見えない。
近づいても一向に逃げようとせず、このままではバナナが全部なくなりそうだったので、ピソちゃんのお尻のあたりを昆虫網の棒で軽く押してみた。それでも動かず食べている。しかたがないので思いっきり押してみると、ピソちゃんはしぶしぶ動き始め、スタスタスタと、網戸を頭で押して外へ出ていった。
やれやれ。
台所のほかは無事だろうか。寝室兼ラボにはピソちゃんが入った形跡がなかったが、奥のトイレ&シャワールームは、未開封の石鹸に爪跡があったり、鏡に足と鼻の跡が残されていたりと、しっかり物色されていた(汗笑)。
だが、これで終わりではなかった。
ピソちゃんが出ていって、ホッとしたのも束の間。5分もしないうちに網戸の外には、5頭もの若いオスのピソちゃんたちが集まっていた。わが家に入ろうとしているようだ。
さっき出ていった1匹が、美味しいものにありつけると仲間に伝達したのだろうか?
しぶとくもしつこいピソちゃんがまた家の中に入らないように、ぼくはピソちゃんが苦手とする犬の吠え声をマネすることにした。「グゥアフワフ!」と連呼しながら、ピソちゃんたちを追いかけた。20分ほどの攻防の末、ピソちゃんたちの姿は家の周りから見えなくなった。
それ以来ピソちゃんたちは家の中に入ってこようとはしなくなった。しっかりと追い払ったからなのだろう。
実はピソちゃんたちが今、地元住民にとって、ある程度困った存在になっている。可愛さのゆえ観光客が与える餌や、ホテルなどが大量に排出する食べものの残りなど、人が口にする食べ物の味の旨みを学習したのだろう。人の隙を見ては、民家や宿泊施設などに入り込み、中を荒らすことが頻繁に起こるようになっている。ここバイオロジカルステーションの従業員のみなさんも「やられたことがある」と教えてくれた。
今回の事件は、一種の人災と言っていいだろう。観光に限ったことではなく、研究や調査であれ、人の感情や利益が優先になりすぎて、自然のバランスへの配慮が欠けてしまっていることがある。やがてバランスがどんどん崩れていき、その結果が人にも大きな「被害」をもたらすことになる。「自然のバランスへの配慮を怠らない方向」を一人ひとりが目指すことが大切だと自分にも言い聞かせている。

西田賢司(にしだ けんじ)
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html