第154回 ハチドリ、小さなヒナの大きな巣立ち
とはいえ、まだ成長途上のヒナが、ビュンビュン飛び回って花の蜜を吸っているとは思えない。と、そこへブ~ンブンブン、お母さんハチドリがぼくの周りを飛び始めた。ヒナはまだ、すぐそばにいるのかも。巣の周りを念入りに探すと、いた! 巣から斜め上2メートルほどの枝の上に1羽。
ぼくはすぐにその場を離れ、遠くから観察することにした。巣を離れたヒナのもとへお母さんがやって来て、食事を与えている! そして木々の合間を縫うように飛んでいく。お母さんは、巣を離れたもう1羽のヒナに食事を与えにいったのかもしれない。
巣立ったヒナに食事を与えるお母さんドウボウシハチドリ
おぼつかない様子ながら、ヒナはしっかりと葉柄につかまっている。「お母さん、早く帰ってきてね」
夕暮れ時になっても、ヒナは同じ場所にいた。うまく飛び立てるのだろうか。天敵に襲われないだろうか。お母さんのほうは、ヒナから10メートルほど離れた枝に止まっていた(最後の写真)。
ところが翌朝、ヒナの姿は消えていた。少し森の奥へ入った木々の間を、お母さんハチドリがチュルチュルチュルルルと鳴きながら飛び回っている。日々、少しずつ少しずつ森の奥へと入った場所でお母さんの飛び回る声が聞こえていた。
でも数日後、家の近くでふたたびチュルルッ、チュルルッとハチドリの鳴く声が聞こえてきた。探してみると、地上から4メートルほどの枝に尾羽がまだ伸びていないハチドリがいた。あのヒナだろうか。くちばしは、だいぶ伸びていたように見える。そしてすぐに、シュッと森の奥のほうへ飛んでいった。
チュルルッ、チュルルッ。ヒナたちが巣立ってから1週間、家の周りで聞こえていた鳴き声は、今はもう聞こえない。
どんな旅が始まったのだろう?

西田賢司(にしだ けんじ)
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html