第115回 ナマケモノは小さな生き物たちのスローでエコで暖かい「宇宙」だ

ノドチャミユビナマケモノ(ほ乳類:有毛目:ナマケモノ亜目:ミユビナマケモノ科)
Brown-throated three-toed sloth, Bradypus variegatus
撮影地:グアシマ、コスタリカ
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 ところで、ナマケモノの体には、「ナマケモノガ」と呼ばれている小さなガが何種かすんでいる。

 そのひとつがクリプトセス(Criptoses)というメイガ科の一種。前翅の長さは約8 mmと小さいうえに、ナマケモノの毛に似た模様をしている。さらに動きが速く、すぐに隠れてしまうので、見つけるのは難しい。ある情報では、1匹のナマケモノに100匹以上のクリプトセスがすんでいるそうだ。

「ナマケモノガ」のクリプトセス(Criptoses)の一種(矢印)
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 一度だけだが、実際にミユビナマケモノの毛の中にすんでいるガを目の前で見たことがある。ガたちは、ナマケモノに近づいたぼくにものすごく反応して、ワサワサと逃げ惑っているように見えた。そのときに思ったことがある。もしかするとこの共生しているガたちは、ナマケモノのセンサー役を担っているのかもしれない・・・と。

 1日の多くの時間を眠って過ごすナマケモノは、周りの環境の突然の変化、たとえば危険に対してあまり敏感に反応できない。だから、ガたちが引き起こすワサワサ感を、ナマケモノが感じ取って、危機に備えているのかもと考えたのである。

 ちなみにこのガたちは、ナマケモノに生えるトリコフィルス (Trichophilus)という土壌藻類(緑藻類:カエトフォラ目)から栄養を摂っているそうだ。たまに緑がかった毛をしたナマケモノがいるが、それは土壌藻類の色で、それらを生やすことで森の中に上手く溶け込んでいる。

 そしてある研究によると、ナマケモノガのメスはナマケモノが地上へと降りて糞を排泄する際に、ナマケモノから糞へと移動し、糞に卵を産みつける。ナマケモノの糞は、共生するガの幼虫の食料であり、すみかなのだ。

ミユビナマケモノの排泄用の穴とその先にある短くてガッシリとしたしっぽ(円で囲った部分)。この「硬そうな」しっぽで穴を少し掘って、そこに糞を排泄する。
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 糞は、シカのもののようで、ポロポロとした粒状の塊だ。これをガの幼虫たちが食べて育ち、やがてサナギになり、成虫(ガ)になって、ナマケモノの元へと飛んでいくのである。

フタユビナマケモノの糞
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 最初のほうにも書いたが、樹上生のナマケモノは不思議なことに、「わざわざ」木から降りて糞をする。機敏に動けないナマケモノが、ピューマなどの天敵が比較的多い地上に降りる行為は危険である。ぼくは、ナマケモノが糞をするところも、ガの産卵も見たことがないのだが、「なぜ地上に降りて糞をするのか?」について自分なりに仮説を立ててみた。

 樹上から糞をポロポロと落とすと、あちこちに散らばってしまう。するとガの幼虫の餌である糞がスグに乾燥したり、雨で流されてしまったりする可能性が高くなる。言い換えると、「いいあんばい」のガの幼虫の住まいが用意されないわけだ。

 だから、「ナマケモノはセンサー役として毛の間に住んでもらっているガたちのために、リスクを犯してでも、地上に降りて糞をする」のだろう、と今ぼくは考えている。

 ナマケモノの体の毛には、幾種かのガと土壌藻類以外に、菌類と甲虫やゴキブリの仲間なども生息している。ナマケモノは小さな生きものたちが共存する、スローでエコで暖かい「森にたたずむ小さな宇宙」だ。

子どものミユビナマケモノ。長い間じっとして動かないでいるのも大変ではないですか?
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<追加情報>メガテリウムという地上生の巨大ナマケモノが大昔、およそ1万年前まで中南米に生息していた。その大きさは5~6メートルで、体重が3トンもあったという。コスタリカの熱帯雨林には、幹に大きなトゲを生やした木々が少なくない。そのトゲは、地上生巨大ナマケモノに適応するためのトゲだった可能性が高いということを植物の先生が話していた。
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「ナマケモノガ」のクリプトセス(鱗翅目:メイガ科:Chrysauginae亜科)の一種
Sloth moth, Criptoses sp.
乾燥標本。翅の脈が白っぽくなっていて、ナマケモノの毛並みに馴染む模様をしている。(画像処理によって、ガの胸部に刺さっていた昆虫針を消しています)
前翅長:約8 mm 撮影地:ワシントンDC、スミソニアン国立自然史博物館、アメリカ合衆国、(c)2016The Smithsonian Institution
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ミユビナマケモノのオス
Brown-throated three-toed sloth, Bradypus variegatus
オスには、背中の中央上の方にオレンジと黒の毛が短い部分がある。動きがゆっくりなので、写真も比較的撮りやすい。いい「笑顔」とポーズを取ってくれることもよくある。
撮影地:カウイータ国立公園、コスタリカ
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フタユビナマケモノ
Hoffmann’s two-toed sloth, Choloepus hoffmanni
昼間、木の高いところで、寝ているところをよく見かける。ぶら下がって寝ていたり、木の枝にもたれかかって寝ていたりする。
撮影地:サラピキ、コスタリカ

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西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html