ぼくが、マナウス郊外の国立アマゾン研究所(INPA)で菊池夢美さんの研究論文の話を伺ったのは、水生哺乳類研究室のメンバーが使っている研究棟だった。研究室のリーダーのヴェラ・シルバ博士は自室を、マナティー・チームのディオゴ・ソウザは若手用の部屋にデスクをそれぞれ持っている。菊池さんの席は、若手用の部屋でディオゴの隣だ。

 熱心に話している途中、ディオゴが「そろそろ授乳の時間だ」と教えてくれたので、我々は建物を出てすぐのところにあるマナティー水槽に向かった。表からも見える水族館的な大水槽ではなく、裏側にある非公開エリア。ここには、地面に直置きしたプラスチック水槽がたくさんあって、それぞれにやはりアマゾンマナティーが入れられていた。

 飼育員のハイムンドさんが、とある小さめの水槽の前で手招いていた。

 その中には、体長70〜80センチくらいと思われる、とても小さな乳児が2頭泳いでいた。

 簡単なポルトガル語と身振りで、すぐにわかった。

「ムミ、この子にあげてみるか」と。

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 ハイムンドさんが水面をたたくと、小さなマナティーがやってきた。顔を持って水面に出し、ほ乳瓶のちくびを口にあてがった。そこで、菊池さんと役割交替。

 菊池さんが、いきなり、デレた。

「うわあ、かわいいですよぉ。かわいい! この胸びれ見てください。ぎゅって、壁にくっつけて……かわいい、かわいすぎますよ」

 表情も、柔和というか、トロンとしたふうになって、湖のフィールドで見せていた「仕事人」としての鋭い表情の女性とは、別人のようだ。

「打合せとか、解析とかやってると、ここにいても何週間もマナティーと接する機会がないこともあるんですよね」と言う。

 ぼくは夢中でカメラのシャッターを切った。

 菊池さんが、慈しみの表情で、アマゾンマナティーの幼子に、ミルクを与えている姿は一葉の絵として、非常に美しいものだった。

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