第6回 野生のアマゾンマナティーにロガーを付ける日

 ひとすじのミルクが、マナティー・ベイビーの口元からこぼれた。単なるミルクというよりも、もっと濃厚でねっとりしたものだった。

「これ、ミルクの他にもいろいろ入っているんですよ。修士課程の学生さんが、去年あたり、一生懸命、最適な成分を見つけようと頑張っていたんです」

 後で聞いてもらったところ、すでに論文(※)になっていて、マナティーの赤ちゃんの代謝を考慮した、完成度の高い人工マナティー・ミルクなのだそうだ。

 成分は、ウシの粉ミルクをお湯で溶いたもの(つまり牛乳)をベースに、キャノーラオイル、アミノ酸・ビタミン・ミネラルのサプリ、大豆かす、オーツ麦のフレーク、トウモロコシ粉……。かなり、気合いの入った充実の成分のように思える。本当に熱心に、飼育の向上に取り組んでいる。

 さて、赤ちゃんマナティーのおかげで完全に「デレ」モードに入った菊池さんは、「やっぱり、好きだからやっているんです」と言った。

 学生時代の研究所では、研究対象種を「好き」とは言いにくく、むしろ、禁句だったそうだ。

 生き物の研究で、「好き」を口にするのはいかがなものか。研究とは非常に客観性を要求されるし、研究対象に対してクールであるべき、みたいな風潮が一部の世界であることは、ぼくも認識していた。ぼくが学生の時には、そういう先生が結構いた。そして、今もそうらしい。たしかに、「好き」というだけで研究の世界に入ってきて、研究に求められる厳しさ、ストイックさに耐えられずに去っていく学生というのは容易に想像できるから、それはそれで教育の場では合理的な指導なのかもしれない。

 しかし、「好き」は最強のモチベーションだよなあ、と突如デレた菊池さんを見つつ、つくづく思ったのだった。

選手交代してぼくも授乳を。
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※ PERFIL METABÓLICO E DESEMPENHO ZOOTÉCNICO DE FILHOTES DE PEIXE-BOI DA AMAZÔNIA (Trichechus inunguis) MANTIDOS EM CATIVEIRO, ALIMENTADOS COM DIFERENTES SUCEDÂNEOS DO LEITE MATERNO
著者・ALEN HENRIQUE PASSOS MADURO, MANAUS, AMAZONAS