第5回 アマゾンマナティーは水中で「ぐるぐる回る」

 09年の放流で取ったデータでは、水面近くで行動している時間帯も多く見られる。そして、マナティーが水面でゆっくりしている時には、たいてい浮草とか、水辺の植物を食べている。でも、取れたデータからは、その時に何をしていたのか、はっきり言うことができない。それが問題だ。

「円を描く動きですけど、エサ場付近でそういう探索行動みたいなことをしていて、さらにその後、摂餌とかしてたら面白いなと思うんです。実際、水面付近にずっと滞在している、摂餌行動だろうなと思えるものがあったんですけど、それでエサも食べてるかどうか、データで示すことはできません。体に着けた加速度センサーで捉えるにはやっぱり、動きに特徴がなさすぎるんです」

菊池さんの実験ノート。
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 つまり、今のところ、「長いこと飼われていたゆえの慎重行動」と思われているものが、ひょっとすると、自然な餌探しの探索行動のレパートリーの1つでもあるかもしれない、ということだ。たしかに、目が見えないところで、ぐるぐる回りながら餌を探すというのは、ありそうだ。しかし、頭に加速度センサーを着けるのは現実的ではない。そこで、今回の湖での健康検査のための捕獲で試してみたのは、音響ロガーだった。

 菊池さんは、博士号を取得後、水産総合研究センター水産工学研究所に所属してプロジェクト研究員として働いていた時期があり、その時に、音響解析のノウハウを学んだ。実は、マナティーだけではなく、「イセエビの鳴音」などというオモシロネタ(すみません)の論文も出している。当然、マナティーにも応用しようと、国立アマゾン研究所で飼育されているアマゾンマナティーやメキシコで飼育されているアンティリアンマナティー(アメリカマナティーの亜種なので、フロリダマナティーの仲間)に音響ロガーを装着して、採餌音を分析した。これは、新規性の高いアプローチが評価されて、英国海洋哺乳類学会誌に掲載された。

「これは行ける、というかんじですね。シャク、シャク、シャク、シャク、シャク、シャクとリズミカルなんです。この咀嚼のリズムっていうのは、ある意味、歩く時みたいに、いちいち考えているわけではない無意識なCPG(セントラル・パターン・ジェネレーター、延髄や脊髄が中心になる制御機構)によるパターンですが、それが、きれいに録れてました」

マナティーの咀嚼音

 まだ論文にはなっていないが、体の大きさによって餌を噛むはやさが変わるとか(陸上のウシなどでは、噛む速さのサイズ依存はよく知られている)、食べる植物の種類によって噛む速さや特徴が変わったり、食べた量と噛んだ数の関係、といった解析を進めている。かなり手応えがある模様だ。

 こういったことが分かれば、ロガーの情報から、「何をどれだけ食べていたか」分かるわけだし、さらにはロガーを使わなくても、水中にマイクを落として採餌音を捉えれば、「どんな大きさのマナティーが、何をどれだけ食べていた」ことまで分かる。見通しのきかない水中の行動を知るために一歩、前進となる。

今回のフィールドワークのメンバーと。後列左から4人目が菊池さん。
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つづく

菊池夢美(きくち むみ)

1981年、東京生まれ。京都大学野生動物研究センター所属、プロジェクト研究員。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士号(農学)取得。主にマナティーの行動研究を行っているが、その他にも南極のウェッデルアザラシ、イセエビ、魚の鳴音など、幅広いデータを扱ってきた。2007年よりブラジルの国立アマゾン研究所との共同研究を開始し、動物搭載型の記録装置を用いたアマゾンマナティーの行動把握のための手法開発を行なっている。2009年には保護したアマゾンマナティーを再び川へと放流する野生復帰事業に参加した。2016年1月、京都大学と国立アマゾン研究所の共同プロジェクト(SATREPS「“フィールドミュージアム”構想によるアマゾンの生物多様性保全」)により、7年ぶりにアマゾンマナティーの放流を実施予定。放流個体の野生への適応を評価することを目指している。マナティーについての研究をFacebookページにて公開中。「Study of manatees(マナティー研究)

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)(『雲の王』特設サイトはこちら)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、『雲の王』と同じく空の一族の壮大な物語を描いた『天空の約束』(集英社)、ニュージーランドで小学校に通う兄妹の冒険を描いた『続・12月の夏休み──ケンタとミノリのつづきの冒険日記』(偕成社)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。2015年10月に有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を開始した。