第4回 「あ、これだ」と思ったものの研究者になるには

 菊池さんは、当然のごとくこのデータロガーをマナティーに装着しようとした。またも沖縄の美ら海水族館に協力をあおぎ、尾びれの付け根に巻く方法では、マナティーがいやがって暴れて、どんなに強いベルトで固定しても切ってしまうという事実に直面させられた。ひたすら穏やかなマナティーだが、こんなところで野生動物の面目躍如である。修士課程時代は、結局、マナティーについて実りある研究はできず、「口惜しい!」という思いだけが残った。

 転機が訪れたのは、東京大学海洋研究所(現・大気海洋研究所)の研究室へと移籍した博士課程の時期。あいかわらず、「マナティー、マナティー」と言い続けていたところ、「何かブラジルでアマゾンマナティーの研究をやる人探してるって、幸島先生が言ってたよ」という情報をキャッチする。幸島先生とは、京都大学野生動物研究センターの幸島司郎教授(現センター長)で、アマゾンのフィールドミュージアム構想の言い出しっぺである。幸島さんは、当時、フィールドミュージアム構想を国立アマゾン研究所水生生物研究室のトップであるヴェラ・シルバ博士といっしょに練っているところで、水槽に保護されているアマゾンマナティーを使った研究をしてもいいという言質を得ていた。

「鳥類等では、加速度データから行動分類をしていたので、マナティーでそんなのできたら面白いなと思っていましたね。でも、こんなに動きがゆっくりな動物でもちゃんとデータが取れるのかとか、色々心配はありました。とりあえず何かやってみたい。浅はかな考えでしたけど、アマゾンマナティーはほとんど論文や報告が無いので、とにかくやってみれば何か結果が出せるだろうと」

 菊池夢美、初アマゾン。INPAで見たアマゾンマナティーたちの印象はどうだったろうか。

「日本の水族館のマナティーは太って見えましたが。INPAのアマゾンマナティーは、キュッと体が引き締まってるように見えました。アマゾンマナティーはマナティーの中では最小なので、体が引き締まってるし、皮膚は黒くて、すべすべしているし。あと、お腹の斑紋が特徴的できれい! いいなと思いました(笑)」

 そして、ここではじめて、マナティーへのデータロガー装着に成功する。最初は尾びれだとやはり暴れてしまって無理だったのだが、胴回りにハーネスを取り付けることでなんとか実現した(現在では、素材や形状を変更することで、尾びれの付け根にも装着できるようになっている)。

 すでにアマゾンマナティーを野生に戻す計画が走り出しており、菊池さんはそのメンバーとして、アマゾン通いの生活が始まることになった。

いまは尾びれの付け根にもロガーを装着できるようになった。
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つづく

菊池夢美(きくち むみ)

1981年、東京生まれ。京都大学野生動物研究センター所属、プロジェクト研究員。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。博士号(農学)取得。主にマナティーの行動研究を行っているが、その他にも南極のウェッデルアザラシ、イセエビ、魚の鳴音など、幅広いデータを扱ってきた。2007年よりブラジルの国立アマゾン研究所との共同研究を開始し、動物搭載型の記録装置を用いたアマゾンマナティーの行動把握のための手法開発を行なっている。2009年には保護したアマゾンマナティーを再び川へと放流する野生復帰事業に参加した。2016年1月、京都大学と国立アマゾン研究所の共同プロジェクト(SATREPS「“フィールドミュージアム”構想によるアマゾンの生物多様性保全」)により、7年ぶりにアマゾンマナティーの放流を実施予定。放流個体の野生への適応を評価することを目指している。マナティーについての研究をFacebookページにて公開中。「Study of manatees(マナティー研究)

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社文庫)(『雲の王』特設サイトはこちら)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、『雲の王』と同じく空の一族の壮大な物語を描いた『天空の約束』(集英社)、ニュージーランドで小学校に通う兄妹の冒険を描いた『続・12月の夏休み──ケンタとミノリのつづきの冒険日記』(偕成社)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。2015年10月に有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を開始した。