夕方4時頃だったろうか。空を確認すると、少しずつだが様子が変わってきた。しまいには、霧や雲もなく、夜空が見え始めたのである。最新の衛星写真をダウンロードしてみる。周辺には厚い雲があるものの、ハワイ島上空には雲が見当たらず、ぽっかりと雲に穴が空いたような状態になっていた。「これはいけるかもしれない」。がぜん元気になった私は、望遠鏡のフォーカステストが終わると、オペレーターに望遠鏡を観測領域に向けるよう伝えた。この時のために準備していたNB921-C-36215天体のマスクを装置に導入した。そして、寸暇を惜しんで露光を開始した。この雲の穴は1~2時間もてば儲けもの、と思っていたが、どうしてなかなか穴は埋まらなかった。とは言え、さすがに午後9時頃には、再び霧がたちこめてきて、観測ができなくなってしまった。しかし、この時までに合計3時間露光した分光データが得られていた。これはNB921-C-36215天体のマスクの観測として当初計画していた時間とぴったり同じであった。いくつか立てていた観測計画のなかで、奇しくもNB921-C-36215の観測だけが完了したのである。今になってみると、これは何かの巡り合わせのように思える。

 観測が中止となった後、取れた分光データをすぐに簡易解析した。コンピューターで処理した結果、出てきたのはブヨっと膨らんだ大きな天体だった。私が知っている130億年前の銀河とは全く違う姿だった。一緒に観測をしていた研究メンバーの齋藤智樹さん(当時、愛媛大学の研究員)を前にして、私はディスプレイを指差して自嘲気味に言った。「ほら見てよ。これは赤方偏移6.6(130億年前)の銀河じゃないね。典型的な手前の銀河だよ」。当時の私は、ケック望遠鏡の貴重な3時間を“こんな天体”に費やしてしまったことが恥ずかしくてならなかったのだと思う。結局、その後は朝まで観測できなかった。次の日も悪天候で、観測する機会は一度も訪れなかった。

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分光データのなかにあったNB921-C-36215天体(左)と一般的な130億年前の天体の例(右)。白い部分が検出器上で強く光を受けた所で、左から右に向けて波長が長くなっている。上下は空間方向になる。一般的な130億年前の天体よりNB921-C-36215は空間方向に大きく広がっている(観測直後に行った簡易解析によるデータは既になくなっているため、ここでは本解析のデータで代用した)。

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