第4回:手探りで調べ始めた130億年前の宇宙

ケックII望遠鏡の主鏡をのぞき込んだ写真(2007年撮影)。六角形の鏡が36枚合わさって有効口径10メートルの主鏡を作っている(この写真では、一番下の鏡に、人が映っている)。ケックII望遠鏡の隣には同じく有効口径10メートルのケックI望遠鏡がある。今回の観測には、DEIMOS(デイモス)と呼ばれる強力な分光器が取り付けられているケックII望遠鏡が使われた。(写真:© Laurie Hatch、<a href="http://lauriehatch.com/GalleryMain.asp?GalleryID=134714&AKey=6Q457TBG" target="_blank">LAURIE HATCH PHOTOGRAPHY</a>)
ケックII望遠鏡の主鏡をのぞき込んだ写真(2007年撮影)。六角形の鏡が36枚合わさって有効口径10メートルの主鏡を作っている(この写真では、一番下の鏡に、人が映っている)。ケックII望遠鏡の隣には同じく有効口径10メートルのケックI望遠鏡がある。今回の観測には、DEIMOS(デイモス)と呼ばれる強力な分光器が取り付けられているケックII望遠鏡が使われた。(写真:© Laurie Hatch、LAURIE HATCH PHOTOGRAPHY
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 ケック望遠鏡での観測を1カ月後に控えたある日、私は分光観測に向けた準備のため、コンピューターの前に座っていた。分光観測すべき天体を選び出し、これらの天体の光を通すマスクを設計していたのである。分光観測では、波長方向の情報を取り出すために、マスクを取り付けて不要な夜空の光を遮る必要がある。当然、一度に観測できる天体の数は限られてしまう。そして、与えられた観測時間で分光できるのは、せいぜい10個程度。これを207個の候補天体のなかから選んで、マスクを設計することになる。

 明るい天体の方が確実にシグナルを検出できるので、まずは明るい天体から順に候補となりそうな天体を見ていった。真っ先に現れたのはNB921-C-36215という天体だ。この天体は、それまでに知られていた130億光年前の銀河とは比べものにならないほど明るいばかりか、大きさも10倍くらいあった。「馬鹿馬鹿しい、こんなニセモノも207個の候補天体に入っていたのか」。その時私は、明るさと大きさから、これは手前の天体で、見かけ上大きく明るいのだろう、と信じて疑わなかった。分光観測のターゲットとなる貴重な10天体を選ぶのだから、NB921-C-36215のような、明らかに手前の天体を入れるのは惜しい。207個も候補があるのだからもっと良いものを探そう。そう考えた私は、ディスプレイ上のリストの一番上に出ていたNB921-C-36215天体を、UNIXのviと呼ばれるソフトウエアのコマンド「dd」ですべて消去した。そして、その日は帰宅した。

NB921-C-36215天体の画像。(画像:Ouchi et al. 2009, ApJ, 696, 1164より改変/転載。This figure is reproduced by permission of the AAS.)
NB921-C-36215天体の画像。(画像:Ouchi et al. 2009, ApJ, 696, 1164より改変/転載。This figure is reproduced by permission of the AAS.)
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 米国のパサディナ市にあった自宅は、南カリフォルニアの温暖な気候で、暑くもなく、寒くもなく、快適そのものだった。しかし、その日の寝つきはあまり良くなかった。深夜、眠りが浅くなると、昼間に「dd」とコマンドを打ったことが、キーボードのdを押した感覚と一緒になって思い起こされた。そしてNB921-C-36215をリストから外したという判断が本当に正しかったのか気になってしょうがなかった。翌朝、いつもと同じようにカーネギー天文台のオフィスに行った。私はコンピューターのディスプレイの前に座るやいなや、NB921-C-36215天体の画像データをくまなく調べ始めた。なるほど、画像上でこの天体は非常に赤く、青い光が全く見えない。130億光年くらい離れ、赤方偏移によって赤くなった天体のお手本のような姿だった。一方で、明るすぎることと大きすぎることについても疑いの余地はなく、手前の天体と考えるのが妥当だ。手を休めて、どうしたものか、と考えた。「これがもし本当に130億光年離れた天体だったとしたら、面白い。大事な観測時間を無駄にするかもしれないが、分光観測してみたい」。そして決断した。

 「分光しよう。それも、どの天体よりも先に。1番目に」

 その時、私のなかで何かが吹っ切れた。

大内 正己(おおうち まさみ)

1976年、東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。アメリカ宇宙望遠鏡科学研究所ハッブル・フェロー、カーネギー天文台カーネギー・フェローを経て、現在、東京大学宇宙線研究所准教授。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の科学研究員を併任。研究テーマは、宇宙史初期、銀河形成、宇宙の大規模構造、観測的宇宙論。平成19年度日本天文学会研究奨励賞、平成26年度文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。平成25年にBeatrice M. Tinsley Scholarに選出。著書に『宇宙の果てはどうなっているのか? ~謎の古代天体「ヒミコ」に挑む』(宝島社)や『宇宙』(小学館の図鑑NEO)などがある。