第2回:最遠の宇宙へ向かう、はじめの一歩

 そこで私はまず、確実に観測できる117億~128億光年彼方の宇宙を狙う研究計画(B計画と呼ぶ)を立てた。そして、B計画で実績を積んだ上で、より遠い観測限界ギリギリの130億光年彼方の宇宙を探る研究計画(A計画と呼ぶ)を行おうと考えた。次に私は、この研究に賛同、協力してもらえる研究者を募った。ありがたいことに、私の指導教官の先生をはじめ、研究室の先輩方やこれまでの研究仲間も協力者となることを快諾してくれた。そして、私を代表とする観測提案書をまとめてハワイ観測所に提出した。

ハワイ観測所に提出した観測提案書(全5ページ)の1ページ目。B計画のための観測提案だったが、これが後のA計画を含めたプロジェクト全体のキックオフにあたるものだった。観測提案書には、科学的意義と技術的妥当性などが英語でつづられる。提出された提案書は、国内外の第一線の研究者によって審査される。この時は、約240本の観測提案のなかで評価が上位20%に入る提案に対してのみ観測時間が与えられた。
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 すばる望遠鏡の観測提案は、多くの国内外の研究者によって提出され、審査される。競争率は5倍程度と高い(現在は4倍程度に緩和されている)。単純な確率で考えると5回に1回しか観測提案は認められない。実際、私が代表を務めた観測提案書はそれまで何回も却下されていた。今回もダメかもしれない、と内心では思っていた。

 観測提案を出して数カ月がたったある日、ハワイ観測所から審査結果が英文メールで送られてきた。そこにはいつもの見慣れた「We regret to…(残念ながら申し上げますと、、)」という、却下を通知する文面はなかった。メールは「We are pleased to…(喜んで申し上げますと、、)」という書き出しだったのである。これを目にするやいなや、私はうれしさのあまり小躍りした。こうしてB計画の観測提案が認められた。

 念願かなった私は、2003年9月末、マウナケア山頂にあるすばる望遠鏡の観測室にいた。空を見上げると雲ひとつない絶好のコンディション。天気予報によれば、予定している3日間とも天候は非常に良さそうだった。しかし観測を間近にして、青天のへきれきともいうべき事態が起こった。ガンマ線バーストのToO観測が発動されたのである。

すばる望遠鏡の観測室。観測所のスタッフや観測者は、この部屋のコンピューターの端末から望遠鏡やカメラを操作する。左上の隅に小さく見える白いものは、てるてる坊主。天候が悪くなると、暇を持て余した日本人の観測者が作るため、どんどんと増えていく。さすがに気味が悪いとアメリカ人のスタッフに指摘されて何度も処分されるのだが、やはり少しずつ増えていく。天文学者は自然に対して無力である。
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