最終回:より遠く、より昔の宇宙への挑戦

 134億年より昔の宇宙が見えてもそれだけで十分というわけではない。このように極めて遠い天体は、JWSTを使っても、画像の上で検出するのがやっとである。もしかしたら、UDF12プロジェクトを通してハッブル宇宙望遠鏡が検出したシミのような7個の銀河と同じように見えてしまうかもしれない。画像に写ったシミのような姿だけでは、原始ガスからなる初代の天体が含まれているのかどうかわからない。これを知るためには、分光観測をして、天体の中の重元素の有無を高い精度で確かめる必要がある。分光観測をするには、多くの光が必要となるので、例によって重力レンズ望遠鏡の力も借りることになるだろう。しかしこれでも、多くの場合において、十分な光量を得ることができないと予想されている。

 そこで必要となるのが30m望遠鏡(TMT)などの地上の超大型望遠鏡である。TMTは、差し渡し1.4mの六角形の鏡を492枚敷き詰めて実現する有効口径30mの望遠鏡だ。日本をはじめとした5カ国が建設を進めている。さまざまな困難があるものの、2020年代半ばの完成を目指している。TMTを使えば、ヒミコはもちろんのこと、JWSTで見つけられた134億年より前の宇宙にある(おそらくシミのように見える)天体が、原始ガスからなるかどうか確かめることができる。これによって、私たち人類の天文学の知識でぽっかりと穴が空いた、初代星や初代銀河の部分が埋められ、遠方宇宙観測の当面の目標が達成できるかもしれない。

30m望遠鏡(TMT)の完成予想図。(提供:国立天文台
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 しかしながら、これらはあくまで予想である。この予想は、今知っている宇宙像を元に考えられたものである。実のところ、予想をしてみても、10年後の研究が本当にどうなっているか言い当てることはほとんど不可能である。実際、私が天文学の研究を始めた17年前から現在までの間でも、意図していなかった発見が繰り返され、まったく予想しない方向に研究が進んできている。したがって、ここで書いた将来の展望についても、思い通りの展開にはならない部分が多いだろう。このように、宇宙は私たち人類の想像を超えている。だから宇宙は面白い。

 観測天文学で本当に面白い部分は、最新装置でこれまで見えなかった天体や現象が見えてくることである。ヒミコの例でも見てきたように、意図せず新しい発見ができる。そして、このような発見から新しい謎が出てくることが面白い。言うまでもなく、過去の研究者が提唱した「大問題」を解くことは重要である。しかし、それは科学の一つの側面に過ぎない。もう一つの側面は、新たな疑問、新たな問題を見つけることである。これが私たちの知の地平を大幅に広げる起爆剤になる。

 実際、現代の素粒子論や宇宙論の話題の中心となった暗黒物質や暗黒エネルギーは、これらが予言されて探し当てられたわけではなかった。100インチのフッカー望遠鏡や10mのケック望遠鏡といった当時最大口径を誇る望遠鏡によるデータを慎重に調べた結果、これまでの一般的な理論では説明できない部分、つまり暗黒物質や暗黒エネルギーの痕跡が見つかってきたのである。このようなことから、私たちはJWSTやTMTなど今後出てくる大望遠鏡のデータを虚心坦懐に見つめ、先入観無しに宇宙を読み解いていかなくてはならないだろう。

 今後の私の目標はと言うと、次世代を担う学生や若手研究者たちと一緒に面白い発見をし続け、新しい問題を探し、これに挑戦していくことである。その後月日が経ち、私が研究者でなくなっても、彼ら・彼女ら若手研究者が活躍して、これらの問題を解決し、さらに新しい問題の発見へと道を切り開くようになってもらいたい。このようなことが天文学の発展、さらには人類の知の地平を広げることに繋がるのだと私は信じている。

 この連載も今回が最終回である。これまで、乱筆乱文を読み進めてくださった読者の皆さんには感謝の念にたえない。観測天文学の現場をリアルに知ってもらうために、研究内容の本質も含めて容赦なく書き上げた。そのため、すべてを理解していただくのは難しかったかもしれない。しかし、天文学者の日常から、最先端の研究内容までを紹介する中で、これまで以上に天文学の味わいのようなものを感じてもらえたならば幸いである。また、私のキャリアを通じて、「天文学者という人生」についても知ってもらえたかもしれない。この連載を読んで、天文学を面白いと感じてくださった方々、さらには天文学の研究を志す若者が現れてくれたら、望外の喜びである。

大内 正己(おおうち まさみ)

1976年、東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。アメリカ宇宙望遠鏡科学研究所ハッブル・フェロー、カーネギー天文台カーネギー・フェローを経て、現在、東京大学宇宙線研究所准教授。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の科学研究員を併任。研究テーマは、宇宙史初期、銀河形成、宇宙の大規模構造、観測的宇宙論。平成19年度日本天文学会研究奨励賞、平成26年度文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。平成25年にBeatrice M. Tinsley Scholarに選出。著書に『宇宙の果てはどうなっているのか? ~謎の古代天体「ヒミコ」に挑む』(宝島社)や『宇宙』(小学館の図鑑NEO)などがある。