ちょうどその頃、かつてヒミコのIRAM観測で協力したドイツの著名な電波天文学者であるA博士(連載第6回参照)からメールが届いた。そこには次のように書かれていた。「ヒミコを狙ったアルマ望遠鏡の観測提案をする予定です。私が研究代表(PIと呼ばれる)を務める観測提案に共同研究者として参加しませんか?」 このメールには驚いた。これまで私は一貫してヒミコのアルマ望遠鏡観測を計画していた。そのことは3年以上前からA博士に伝えていた。もちろん、ヒミコは誰が研究してもよい天体なので、A博士がアルマ望遠鏡の観測計画を立てることは研究者としてなんら間違ったことではない。

 A博士のメールに対する返事として、私は自分がPIとなる観測提案を作っている旨を伝えた。PI(もしくはPIが指名した人)は、研究を主導して論文を書くことができる。PIでなければ自由に研究を展開することができない。それからメールで何度もやり取りしたが、A博士も私も一歩も譲らず結局、別々に観測提案を出すことになってしまった。アルマ天文台のルールでは、複数の観測グループが同じ天体に対して同じような観測をすることが認められない。アルマ望遠鏡の観測時間は大変貴重なので、同じ観測を繰り返すような、いわば無駄は許されないのだ。したがって、A博士と私の観測提案が同時に認められることはない。こうして、アルマ望遠鏡を使ったヒミコの観測をめぐり、私はA博士とガチンコ勝負をすることになってしまった。

 A博士といえば電波観測で名を馳せている有名な研究者だ。一方で私はといえば、可視光・近赤外線観測の業界では一定の評価を受けていたが、電波観測では完全に無名である。電波観測に基づく研究の経験も無い。誰がどう考えても軍配はA博士に上がるように思えた。しかし諦める気にはなれなかった。そこで私はA博士にはなくて、私たちだけにある強みを考えてみた。私たちには、ヒミコを狙って観測した、すばるやケック望遠鏡のデータ、そしてハッブル宇宙望遠鏡の最新データがある。これらをアルマのデータと合わせることで、様々な相乗効果が生まれるだろう。これは私たちだけにある強みだ。この点を前面に押し出して、観測提案書を作った。さらに、研究チームの強化も図った。電波観測で成功を収めている日本の研究者に提案に加わってもらい、計画の内容を深めていった。私たちは電波観測に不慣れなので、その弱点がなるべく現れないようにする努力である。こうして作り上げた提案書をアルマ天文台に提出した。

 それから約2カ月が経った2011年9月7日、アルマ天文台からメールが届いた。震える手でメールを開いた。すると、「あなた方の観測提案は、最優先で実行される」という記述が目に飛び込んできた。競争の緊張感から解き放たれたその瞬間、私は歓喜の声をあげた。

 このようにして、ヒミコのアルマ観測が私たちのグループに認められた。しばらくして、結果を知ったA博士からお祝いのメールが届いた。「君たちのアルマ観測の提案が認められた。おめでとう」 恨み節も何もない、ジェントルマンシップにあふれた内容だった。私はA博士の態度に感銘を受けた。

 それから約3年。すでに、私たちはアルマ望遠鏡によるヒミコの観測を終え、結果を論文に発表していた。また、私たちの観測データは、アルマ天文台から全世界に公開されていた頃である*2。ちょうどそんな頃、A博士と顔を合わせる機会があった。イタリアのセスト(アルプス山脈の南東に位置する保養地)で行われた研究会だった。A博士とはリングバーグ城で会って以来5年ぶり(連載第6回参照)で、アルマ望遠鏡の観測提案の件で競争をした後の再会である。簡単な挨拶を済ませると、A博士は私たちのヒミコのアルマ観測の論文は大変素晴らしい結果だったと言った。非常に紳士的な態度で私に接してくれた。これに続いて、A博士は「公開された君たちのアルマ観測のデータを自分たちで解析している」と言い始めた。さらに続けて「大雑把な結果は君たちのものと同じだったが、一部分は君たちの結果と違った」と言った。そして、この「違い」について、A博士は納得がいかない様子だった。なぜこの違いが出てきたのかについて私に意見を求めてきた。私たちが論文で発表した内容に批判的な意見もいろいろと言ってきた。当然ながら、私も批判を聞くのは愉快ではなかった。しかし、A博士のこの姿こそが科学者のあるべき姿なのだ。つまり競争すること、研究内容で主張が違ってもそれが個人の人格に対する攻撃ではないこと――私は、このような研究者精神をA博士から学ぶべきだ、とこのとき思った。

*2 アルマ望遠鏡の場合、観測者がデータを受け取ってから1年以内にそのデータが全世界に公開される。つまり1年間だけ、観測者はデータを占有できる。その後は、誰でもデータを見られるようになる。

 一通り議論を交わした後、私たちは研究会の自由時間を利用してハイキングに出かけた。新緑の美しいアルプス山脈の麓。どこからか映画『サウンド・オブ・ミュージック』の曲が聞こえてくるような、美しい風景の中をA博士と同僚の研究者の3人で歩いた。

A博士らと歩いたセストの山の風景。(写真:M. Ouchi)
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