そんな中、地酒のテーガンゼービールを片手にA博士が私に近づいてきた。「IRAMでヒミコの観測が始まったのだが、どうもうまくいかない。何もシグナルが見えないんだ。データが不十分だと思う。IRAMに観測時間をもっと増やすよう要求するつもりだ」。これに対して私は「シグナルが見えないのは残念だ。確かに観測時間を増やすことでシグナルが見えてくる可能性もある。私に何かできることがあれば協力したい」。こういったやり取りをした。しかし今考えると、この流れが後にA博士と競争することにつながっていったのだと思う。その翌年にまとまった観測が行われたが、新たなデータを合わせてもヒミコからのシグナルは見つからなかった。このようにIRAMの観測データからヒミコの正体がわかるような結果は得られなかったのである。

 ここでヒミコに関する五つの仮説の話に戻ろう。(1)〜(5)の仮説のうちどれが正しいかを検証するにはヒミコの内部構造を知らなくてはならない。しかし、手元にあるすばる望遠鏡の画像では、なにやらぼんやりしていてヒミコの内部はよくわからない。内部構造を知るには、ハッブル宇宙望遠鏡による観測が必要だ。すばる望遠鏡をはじめとする地上の望遠鏡では地球の大気が邪魔をして、くっきりした画像を撮るのが難しい。そこで地球の大気に邪魔されない、軌道上のハッブル宇宙望遠鏡でヒミコを観測し、内部構造を調べることにした。

 ハッブル宇宙望遠鏡はすばる望遠鏡以上に観測時間を獲得するのが難しい。しかも、ハッブル宇宙望遠鏡に出資していない日本が主導する研究は、審査において不利に働く可能性もあった。そこで、ハッブル宇宙望遠鏡によるヒミコの観測の科学的重要性を丁寧に説明した観測提案書を作って提出した。当時、スペースシャトルで宇宙飛行士が取り付けた最新鋭の近赤外線カメラWFC3が稼働し始めたばかりだった。そのため、ふつう以上にハッブル宇宙望遠鏡の観測時間をめぐる競争が厳しく、倍率は9倍に達した。しかし幸いにも、WFC3を使ったヒミコの観測が認められた。

 ハッブル宇宙望遠鏡の観測準備をしていたこの頃、私はカーネギー天文台での研究生活を終えようとしていた。日本に研究の場を移すため帰国することになったのである。2010年7月21日、成田空港行きのチケットを手に大きな荷物を抱えてロサンゼルス国際空港にいた。思えば1995年の夏、当時学生だった私がアメリカ本土に第一歩を刻んだのもこのロサンゼルス国際空港だった。この時、私は一人でこの空港に降り立った。その旅の中で後に妻となる人と出会った。東京で大学院を卒業して2004年夏に、私は妻と2人で渡米した。そして今回、私は妻とアメリカで生まれた2人の子供を連れ、4人でロサンゼルス国際空港を離れたのであった。この15年間で、学生だった私は天文学者になり、家族もできた。

ロサンゼルス国際空港のTom Bradley国際線ターミナル。(写真:Chris Sloan / AirwaysNews.com
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