第6回:ハッブルが明かしたヒミコの三つ目

 次なる研究の場は、東京大学の宇宙線研究所である。柏キャンパスに本部を置くこの研究所は、ニュートリノ天文学の祖である小柴昌俊先生が使われたカミオカンデを擁していた(2015年には所長の梶田隆章先生がノーベル物理学賞を受賞された)。このような世界最高峰の研究所に身を置けることを光栄に思いながら、私の新たな研究生活がスタートした。

東京大学宇宙線研究所の正面玄関(現在)。梶田所長のノーベル物理学賞受賞を祝う展示が並ぶ。
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 カーネギー天文台から宇宙線研究所への引越しで慌ただしい頃に、ハッブル宇宙望遠鏡によるヒミコの観測が行われた。ハッブル宇宙望遠鏡の観測は特殊である。すばる望遠鏡やケック望遠鏡のような地上望遠鏡とは違い、実際にハッブル宇宙望遠鏡に行って観測するわけではない。いうまでもなく、宇宙飛行士でも行くのが難しい地球の軌道上へ天文学者が行く術もない。私たち観測者がやることといえば、フェイズ2と呼ばれる観測手順データファイルを専用のソフトウエアで作って宇宙望遠鏡科学研究所(STScI、連載第2回)にインターネットで送ることである。このフェイズ2で、観測する天体の位置や観測装置とモード、露光時間とタイミングなどを細かく設定するのである。

 フェイズ2のデータを提出してから数カ月後の2010年9月4日、STScIから一通のメールが送られてきた。約1週間後に観測が行われることを告げるメールだった。9月9日に最初のデータが取られた。この時、観測開始の報告メールを受け取って喜んだ。すると、その日のうちにまたメールが届いた。観測の途中でハッブル宇宙望遠鏡が、原因不明の問題でセーフモードに入ってしまったため、完全にデータが取れなかったという知らせだった。

 ハッブル宇宙望遠鏡とはいえ、問題は付き物である。STScIに問い合わせたところ、望遠鏡の不具合で取得できなかったデータが必要なら、STScIのWebサイトで問題を報告して、再観測を申請するように言われた。私は申請書を作成してヒミコのハッブル宇宙望遠鏡観測の科学的重要性と緊急性を訴えた。そして、今の時期を逃すとハッブル宇宙望遠鏡の姿勢の角度が変わってしまうため、今すぐに再観測をしないと取り返しがつかなくなることなどを申請書に書き添え、Webサイトを通して提出した。それから数日後に望遠鏡時間審査委員会からメールが送られてきた。再観測を認める、という決定を通知するメールだった。そして9月26日までに再観測を含めてすべての観測が終わったのである。このように、天文学者にとってのハッブル宇宙望遠鏡の観測は、インターネットを介したバーチャル空間での観測なのである。

ハッブル宇宙望遠鏡。(写真:NASA)
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