第3回 情熱あふれる発掘のプロたち

 ある日のこと、最後まで現場で一緒に作業をしていたエジプト人の同僚アシュラフが、別の現場で用事があるということで、私は一人、ピラミッド・タウンで作業をすることになった。

 現場は、1.5メートルの巨大な石灰岩の壁が立ち並ぶ"Standing Wall Island"と名付けられた場所だった。ピラミッドを造った王の宮殿の周壁かもしれないそれらの壁のなかには、日干しレンガの壁の跡が縦横に走り、小部屋や通路、門戸などがあった(この場所はじつはまったく違う機能を持つ建物だということが10年後に分かったが、それはまた今度)。

 堆積した土壌の違いや、そこに含まれる土器や骨、壁の崩れ方や方向や長さを観察し、測量し、時折、休憩に甘いシャイ(お茶)を飲み、そして地図を製作していった。

 砂の中から掘り返された古代遺跡は、現代人にとっては未知のものである。その建物はどのような形をしていたのか、ここはどのような場所なのか、ここにはどのような人々がいたのか。誰も知らない未知のものに触れる感覚は独特だった。

 そのとき、ふと、この現場のことを知っている人間は世界中で自分しかいないということに気がついた。それは単に古代の建物の一部に過ぎなかったが、今、世界で、ただ自分だけがこの未知なるものを知っている。自分一人だけが、その未知であるものを知ろうとしていると感じた。この「自分が」という感覚は途方もないエゴイズムだが、なにか同時にとても大切な、人間であることの根幹のひとつであるようにも思えた。

 なぜ私たちは、古代について知りたいのだろう。そうした強い欲求が生まれるのは、古代が決して知り得ない未知の世界だからかもしれない。影のように跡を残しながら、実物は決して見えない。追いかけても決して追いつけない。時間という絶対的な存在に阻まれた私たちは、その場所に立つことはできても、時間を共有することは叶わない。だからこそ追い求めているのかもしれない。

 そんなことを一人考えながら、初めての発掘シーズンは終わっていった。

発掘現場からディグ・ハウスへ戻るときに筆者が撮影した、夕刻のメンカウラー王のピラミッド。
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つづく

河江 肖剰(かわえ ゆきのり)

1972年、兵庫県生まれ。1992年から2008年までカイロ在住。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。2012年、名古屋大学で歴史学の博士号を取得。現在、名古屋大学大学院 文学研究科附属 人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員。米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)調査メンバー。ピラミッド研究の第一人者マーク・レーナー博士のチームに加わり、ギザでの発掘調査に10年以上にわたって従事。人文科学と自然科学の融合を目指した新しいアプローチによって、ピラミッドの構造を調査する、産学共同プロジェクトGiza 3D Surveyを推進中。米ナショナル ジオグラフィック協会が支援する、2016年エマージング・エクスプローラー。著書に『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある。趣味は古武道、CQC(近接格闘術)、ブラジリアン柔術。