第3回 情熱あふれる発掘のプロたち

 このWeb連載の第1回に書いたように、エジプト学と考古学は似て非なるものである。ピラミッド・タウンの現場には、エジプト学者がほとんどおらず、大半は考古学者だった。ちなみに現場では、彼らは、自分たちのことを考古学者ではなく、ディガー(digger=発掘家)と呼んでいた。それは、発掘に重きを置く現場主義の自負と、学者でありながら、いつも砂や泥にまみれている照れのようなものがあったからだ。

 ディガーのなかには、エジプトの歴史をまったく知らず、「あそこに見えている2つのピラミッドって、どっちがクフ王のものだっけ?」と聞いてくるメンバーもいたが、彼らは層位(地層の時間的関係)や遺構の切り合い関係(どちらが新しく、どちらが古いかを示す、重複の痕跡)を読むことに長け、丁寧に発掘し、きめ細かく記録をとることができるプロだった。

レーナー隊のディガーたち。(Courtesy of Ancient Egypt Research Associates, Inc.)
レーナー隊のディガーたち。(Courtesy of Ancient Egypt Research Associates, Inc.)
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 あるインタビューのなかで、レーナー博士は、自分のチームのことを聞かれた際、次のように答えている。

「このチームを一言で表すのであれば、“マーベリック”だ。そして、我々の原動力は“パッション(情熱)” だ。夜明け前に起き、日が沈むまで現場で働き、ディグ・ハウスに戻ってからも報告書や地図の製作、写真の整理など、真夜中過ぎまで作業している。それが数カ月間も続く。パッションがないと、とてもできない仕事だろう」

 マーベリックとは焼き印の押されていない仔牛のことであり、そこから、どの組織にも所属しない一匹狼を指すようになった。レーナー博士は古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)という組織を自ら立ち上げてはいたが、独立した研究者としての自負を持っていた。そしてピラミッド・タウンの発掘メンバーも、そのほとんどが大学機関に所属している教員ではなく、プロの発掘家や専門家として働きながら研究している人たちだった。