第13回 語呂合わせで生まれたエジプトの神々

語呂合わせの創世の神話

 古代エジプト人は、創世の時をレク・ネチェル〈神の時間〉もしくは複数形のレク・ネチェルウ〈神々の時間〉、さらにはもっと限定的にレク・ラー〈太陽神の時間〉と呼んでいた。

 創世以前は無ではなく、すべての要素と力を含むあるひとつの源があり、そこから世界は生まれたと考えていた。この原初の源は〈完成者〉もしくは〈完成させる者〉を意味するアトゥムという太陽神として知られていた。

エジプト、ルクソール博物館収蔵のアトゥム神の彫像。(写真提供:河江肖剰)
エジプト、ルクソール博物館収蔵のアトゥム神の彫像。(写真提供:河江肖剰)
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 創世以前の世界は不動であり、その原初の水の中で、アトゥム神は動かずただ存在していた。テキストはその状態をこう語る。「ヌンとともにただひとり不動であり」。そしてアトゥムは「卵の中」にいた。アトゥム神は〈自らを生じさせる者〉を意味するケペル・ジェス・エフと呼ばれ、広大無辺の原初のヌン海の中に、生命と光の有限の空間を生じさせた。

 アトゥム神はどのように不活性の世界を動き出させたのか。それは彼の「自慰行為」によってだった。ピラミッド・テキストのP475章にはこう書かれている。

 アトゥムはヘリオポリスで勃起し自らを生じさせた。彼は陰茎を握り、射精し、そしてシュウとテフネトという双子が生まれた

 エジプト語で「勃起する」や「射精する」という言葉はベンという。そしてピラミッドの形はベンベンという。ここに聖なる語呂合わせが見られる。古代エジプト人にとって、ピラミッドの形は、創造神アトゥムの精液が石化したものを彷彿させるものであり、世界の創世に関わる形だったのである。

 N359章にはこうも書かれてある。

  御身(アトゥム)はくしゃみでシュウの神を、つばを吐いてテフネトの女神を生んだ。

 ここもちょっとした語呂合わせだ。くしゃみ(イシェシュ)によってシュウ神を、つばを吐く(テフ)ことで、テフネト女神とかけている。

 「精液」や「くしゃみ」や「つば」など、現代人の感覚からすると思わず眉をしかめそうだが、シュウは大気の男神であり、テフネトは湿気の女神だった。この夫婦神から今度は大地の男神ゲブと天空の女神ヌトが生まれた。次いで、これら大地と天の神から、肥沃な土地の象徴であるオシリス神、その妻であり王座の女神であるイシス、砂漠の混沌の神であるセト、そして妻ネフティス女神が生まれた。

 この神々のグループを数字の「九」を表すペセジェトと呼び、後のギリシャ人は九柱神を意味するエンネアス(英語のエンネアドの語源)と呼んだ。ピラミッド・テキストは、これらの神々と宇宙の誕生について書かれているのだった。

つづく

河江 肖剰(かわえ ゆきのり)

1972年、兵庫県生まれ。1992年から2008年までカイロ在住。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。2012年、名古屋大学で歴史学の博士号を取得。現在、名古屋大学大学院 文学研究科附属 人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員。米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)調査メンバー。ピラミッド研究の第一人者マーク・レーナー博士のチームに加わり、ギザでの発掘調査に10年以上にわたって従事。人文科学と自然科学の融合を目指した新しいアプローチによって、ピラミッドの構造を調査する、産学共同プロジェクトGiza 3D Surveyを推進中。米ナショナル ジオグラフィック協会が支援する、2016年エマージング・エクスプローラー。著書に『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある。趣味は古武道、CQC(近接格闘術)、ブラジリアン柔術。