クフ王の時代のパピルス発見!

 彼らが建造に関わった労働集団であったのはまちがいない。ではなぜ船員を指す言葉なのだろう?

 このことについては、よく分かっていなかった。エジプトでは現世から来世に行くには船を使うと考えられていたことから、象徴的な意味で王に付き従う船員として見なされたのか、それとも実際、彼らは船乗りだったのだろうか。

 しかし、数年前、意外なところから手がかりが見つかった。ワディ・エル=ジャラフと呼ばれる紅海の港から、大ピラミッドを造ったクフ王の時代に遡る建物が見つかったのだ。それは、なんとピラミッド・タウンの営舎と同じような構造だった。

ワディ・エル=ジャラフで発見されたクフ王の時代のパピルス(エジプト最古のパピルスでもある)。(写真:Courtesy of Pierre Tallet)
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 そして、その建物から5キロほど行った砂漠の涸れ谷に、貯蔵庫として掘られた坑道が見つかり、そこに解体して保管された船と、遠征隊の隊長だったメレルという人物の日誌が書かれたパピルスが発見されたのだ。おそらく彼らは、紅海を渡り、対岸のシナイ半島の銅山で採石活動を行っていたのだろう(不思議なことに、日誌には、彼らのワディ・エル=ジャラフでの活動については書かれておらず、大ピラミッド建造のための石灰岩を切り出し運んだことについて書かれていた)。

 こういったことから総合的に考えると、ピラミッド・タウンの中心の堅固な営舎に住んでいたのは、ピラミッド建設に関わる建設部隊であっただけでなく、彼らは未開の地へおもむき探索する遠征部隊のメンバーでもあったということである。彼らは、現在のエジプトの西方砂漠や南のヌビア砂漠の奥地、東のシナイ半島の山奥、あるいは北のレバノンなどへ向かった冒険心に富んだエクスプローラーたちであり、自らが見つけた鉱物や植物でピラミッドを建造したのだ。

つづく

河江 肖剰(かわえ ゆきのり)

1972年、兵庫県生まれ。1992年から2008年までカイロ在住。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。2012年、名古屋大学で歴史学の博士号を取得。現在、名古屋大学大学院 文学研究科附属 人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員。米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)調査メンバー。ピラミッド研究の第一人者マーク・レーナー博士のチームに加わり、ギザでの発掘調査に10年以上にわたって従事。人文科学と自然科学の融合を目指した新しいアプローチによって、ピラミッドの構造を調査する、産学共同プロジェクトGiza 3D Surveyを推進中。米ナショナル ジオグラフィック協会が支援する、2016年エマージング・エクスプローラー。著書に『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある。趣味は古武道、CQC(近接格闘術)、ブラジリアン柔術。

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