パン焼き場の発見

 この発掘現場が一躍有名になったのは、1990年に見つかったパン焼き場がナショナル ジオグラフィック誌で取り上げられたからだ。

 最初に見つかったのは、泥レンガの壁で囲まれた二つの小さな部屋だった。それぞれの小部屋は5.25×2.5メートルほどの長方形。なかは真っ黒い灰が敷き詰められるようにびっしりと堆積していた。灰を取り除くと、大きな円錐形の素焼きの壺が散乱していた。部屋の奥の角には、一抱えもある大きな土製の素焼きの瓶が3つ置かれていて、その反対側の角には、火をたいた跡が壁に残っていた。

パン焼き場。(写真:Courtesy of Mark Lehner)
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 言ってみれば古代エジプトのパン屋だが、「なんだ、ただのパン屋か」と思うなかれ。パンはビールと共に古代エジプトの主食であり、食の基盤だった。神々への供物のなかには必ず含まれるし、儀式においても供物の中心的役割を果たしていた。さらにそういった捧げ物は、民衆に再分配されるため、古代エジプトの経済における鍵にもなっていた。つまり、パン作りを知ることは、エジプト社会を知ることに繋がるのだ。

ピラミッド型のヒエラルキー組織

 パン焼き場は見つかったが、その周りは砂漠だった。レーナーたちは、膨大な砂を除去しながら発掘しなければならなかったが、通常であれば、そういった作業には何十年もかかる。しかし、ナショジオに取り上げられたということもあり、米国の富豪たちから特別な資金提供を受けることができ、なんとわずか4年で、その全貌を明らかにすることができたのである。

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