第11回 エクスプローラーたちの祭典

ナショジオ・イニシエーション

 シンポジウムが始まるまでの3日間の間、この協会についてのありとあらゆる知識が私たちに詰め込まれた。

 ナショジオの哲学、組織のあり方、どの担当者が何をしているのか、年間の収入がどれほどあり、その内訳がどうなっているのか、年間どれほどのプロジェクトがナショジオの助成金で行われているのか、シンポジウムの際に後援者である富豪たちに会ったときにはどのように振る舞うべきかなど(一定以上の金額を寄付している後援者は、この特別イベントに招かれる。彼らは紫色のバッジをつけているため、「紫色のバッジをつけている人を見たら、くれぐれも行儀良く振る舞うように」と注意された)、ミーティングにつぐミーティング、プレゼンにつぐプレゼンが行われた。

 私の脳みそは溶けそうだった。

 ナショジオの内部ツアーも行われた。行き先は3カ所だった。まず訪れたのは、フォト・エンジニアリング・セクションだった。

 ナショジオといえば写真の迫力やクオリティの高さが有名だが、この部局では、樹高100メートルにもおよぶセコイアの巨木を全て1枚の画像に納めるべく開発したパノラマ撮影機材や、海底写真を撮るための特別な小型潜水艇、ツタンカーメン王墓の壁画を調査した地中レーダーなど、様々な最新技術について説明してもらった。機材の貸し出しやコラボレーションによって、それらの最新機器を用いた調査も可能だということだった。

Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA
フォト・エンジニアリング・セクションで説明を受ける筆者たち。(写真提供:河江肖剰)

 次に訪れたフォト・アーカイブ・セクションでは、800万枚のスライド・フィルムが収められた場所を見た。そこには海洋学者のジャック=イブ・クストーの未発表の写真など、マニア垂涎もののコレクションがあった。

 最後に訪れたのは、協会の歴史を伝える「ハバード・ホール」と呼ばれる部屋だった。そこに置かれた大きなテーブルは、1888年1月13日、33人のナショジオ創立メンバーが集まったときに使われたものだった。初代会長は弁護士で篤志家のガーディナー・グリーン・ハバードである(義理の息子であり、電話の発明家として知られるグラハム・ベルが第2代目の会長である)。私たちも、円卓の騎士のごとく、そのテーブルを囲み、協会の歴史に耳を傾けた。その部屋の隣には、瀟洒な部屋があり、壁一面には、霊長類学者として名高いジェーン・グドールや、インカの遺跡マチュピチュを発見したハイラム・ビンガムなど、偉大なエクスプローラーたちの業績を示す写真がかけられていた。

 みなが写真を見ながらため息をついていたが、同時に、彼らの偉業を別世界のものだと見ているようなエマージング・エクスプローラーはいなかった。そこにいる全員が、いかに自分の行っていることを、先人の業績に近づけ、越えていくのか、その決意を秘めつつ、ナショジオのスタッフとともに今後のことを語り合った。

 こうして“ナショジオ・ファミリー”となるイニシエーションが終わり、いよいよエクスプローラーたちの祭典が始まることとなった。