第1回 ピラミッドの発掘調査への長い道のり

カイロ・アメリカン大学に入学

 ガイドの仕事は楽しかった。勉強しなければならないことは山ほどあったが、墓や神殿を歩き回り、体感するように歴史を覚えていった。しかし、ガイドをすればするほど、本格的に大学で勉強したいという思いは年々増していった。

エジプト南部に位置するエドフのホルス神殿で、観光客のガイドを務める筆者。(写真提供:河江肖剰)
[画像のクリックで拡大表示]

 そんなある日、会社のマネージャーの中野正道さんの自宅に呼ばれた。時折、奥さんの眞由美さんが作る日本料理をごちそうになりながら、仕事のことや、将来のことを話していたため、今回も近況報告を兼ねた夕食会だと思っていた。

 しかし行ってみると、奨学金を出すので、カイロ・アメリカン大学(The American University in Cairo、以下、AUC)でエジプト学を勉強しないかと勧められた。思いがけない申し出に驚いていると、中野さんはこんな温かい言葉をかけてくれた。「会社のなかに、専門家が一人くらいいてもいいと思います。しかし、会社に縛りつけるつもりもまったくないので、考古学の道に進みたければ、ぜひ進んで欲しいんです」

 本当に有り難い申し出だった。当時、私は26歳になっていたが、ここから大学に入り、エジプト学を志すことにしたのである。

 AUCはエジプト学を学ぶには最も適した大学だった。使用言語は英語で、完全にアメリカの教育システムが導入されていた。遺跡や博物館にすぐ行くことができるというだけでなく、教授陣も充実しており、発掘現場で働く一流の考古学者たちも、特別に授業を持つことがあった。

 入学してみると、アメリカの大学と同様に、とてつもなく課題が多かった。毎週読まなければならないテキストが何百ページもあり、小論文などの課題の提出は数日おきにあった。ただ、私は勉強できることが幸せだった。エジプト学の授業は、本館から少し離れた貴重書図書館の一室で行われることが多かったが、収蔵されているナポレオンの『エジプト誌』やレプシウスの『エジプト・エチオピア記念碑』など、古い文献を手にするだけで至福を感じた。

 大学で勉強を始めて気づいたのは、数年間ガイドをするなかで、極めて重要な基礎知識が身についていたことだった。たとえば、多くの学生は、授業のスライドで遺跡を見ても、どれも同じに見えてしまうが、私は、壁の一部しか写っていなかったとしても、それがどこの遺跡で、誰が作ったのか、いつ頃建てられたのか、周りには何があるのかが、すぐにわかった。