第16回 ミイラの発掘 クフ王のミイラを想像する

 まず、内臓は取られているだろう。母后ヘテプヘレスや後の第5王朝時代のジェドカラー王の墓から発見されているアラバスター製のカノプス容器が示すとおりだ。メイドゥムのマスタバ墓やダフシュールの赤ピラミッドから発見されている頭骨のように、脳も除去されているだろう。

 古王国時代の遺体は、ナトロン溶液で乾燥させていた可能性が指摘されている。第5王朝時代のネフェルエフラー王のミイラの手や、第6王朝時代のメルエンラー王のミイラの頭部を見る限り、保存状態は必ずしも悪いことはないかもしれない。もしかすると、この時代にナロトンを粉末で使用し始めたのかもしれない。

 遺体には亜麻布が巻かれ、石膏プラスターが塗布され、目や眉や唇が彩色された彫像のように見えただろう。特に第4王朝末期には、すでにデスマスクに相当するプラスター製のマスクを作る技術があり、第6王朝ではテティ王のデスマスクも発見されているため、表情は写実的に作られていた可能性がある。

 クフ王の彫像はほとんど見つかっていないが、カイロ博物館に収蔵されている7.2センチの小さい座像や、ミュンヘンのエジプト美術博物館に収蔵されている5.7センチの高さの頭部像からは、彼の顔立ちがうかがえる。息子のカフラーや孫のメンカウラーの端正な顔つきとは異なり、幅広い顔、細い目、横に広がった鼻、少し大きな口を持っていた。そこには、ごつごつとした力強さを感じさせる。はたしてミイラも同じような表情で作られているのだろうか?

左:クフ王の座像。カイロ博物館収蔵。右:クフ王の頭部の像。ドイツ、ミュンヘンのエジプト美術博物館。(写真提供:河江肖剰)
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 クフ王から1200年ほど後のツタンカーメン王のミイラには、250を超える護符などのみごとな宝飾品がつけられており、古王国時代のミイラにもこの習慣はすでにあった。発見されているものは10個程度で、種類も少ないが、王のミイラであれば、かなりの数の護符が付与されていたのではないだろうか。特に、この時代は「ウジャトの眼」と呼ばれる護符が人気だったようだが、クフ王もそれをつけているのだろうか。

 クフ王のミイラが発見されることを想像するのは楽しいが、ふと自分がこれまで発掘してきた死者たちのことを思い出すと、少し複雑な心境になる。ミイラの発掘は、死者の眠りを妨げるという意味では、できる限り避けるべきものなのかもしれない。しかし考古学者の多くは、ギリシア神話のパンドーラーの甕(箱)を開けることが我慢できなかったエピメーテウスのように、知りたいという欲望を制御するのは難しいかもしれない。それは考古学にまつわる深い業なのだろうか。

イタリアのトリノ・エジプト博物館収蔵のミイラ。(写真提供:河江肖剰)
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つづく

河江 肖剰(かわえ ゆきのり)

1972年、兵庫県生まれ。1992年から2008年までカイロ在住。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。2012年、名古屋大学で歴史学の博士号を取得。現在、名古屋大学大学院 文学研究科附属 人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員。米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)調査メンバー。ピラミッド研究の第一人者マーク・レーナー博士のチームに加わり、ギザでの発掘調査に10年以上にわたって従事。人文科学と自然科学の融合を目指した新しいアプローチによって、ピラミッドの構造を調査する、産学共同プロジェクトGiza 3D Surveyを推進中。米ナショナル ジオグラフィック協会が支援する、2016年エマージング・エクスプローラー。著書に『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある。趣味は古武道、CQC(近接格闘術)、ブラジリアン柔術。