第16回 ミイラの発掘 クフ王のミイラを想像する

ピラミッド時代のミイラ

 エジプト人がミイラ作りを始めたのは、遺体を生前の姿で残すことが死後の再生に必要だと考えたためである。

 生前の姿を残すための方法は、グレードだけでなく、時代によっても異なった。エジプト史で最も古い先王朝時代(紀元前5500〜紀元前2900年頃以前)には、遺体から内臓を取らず、単に動物の皮に包んだり、あるいは身体とそれを巻く亜麻布に樹脂を塗ることでミイラにしたりしていた。

 ピラミッドが盛んに建造された古王国時代(紀元前2543~紀元前2120年頃)になると、ミイラ造りは大きく発展する。この時代から、内臓や脳を遺体から取り除き始めたのである。内臓は、後にカノプス壺と呼ばれるようになる特別な容器に入れて保存され、脳は、鼻孔からひっかき棒のようなものを使い、頭蓋まで穴を開けて、除去している。

 興味深いことに、内臓や脳を取り出した最古の例は、いずれもピラミッド建造最盛期の第4王朝(古王国時代のうち、紀元前2543~紀元前2436年頃)に遡る。カノプス容器の最古の例は、大ピラミッドを造ったクフ王の母后ヘテプヘレスの墓から発見されている。脳を除去した最古の例は、メイドゥムにあるNo.17という巨大なマスタバ墓から発見されている。この埋葬者は分かっていないが、墓の規模や位置から考えると、クフ王の兄弟ではないかと思われる。

 さらに、クフ王の父親のスネフェル王が造らせた赤ピラミッド内部にも脳が除去された頭蓋骨が発見されている。鼻孔から樹脂が頭骨内に注入されていることから、後の時代のものではないかとも言われているが、スネフェル王その人である可能性も残されている。

ヘテプヘレス母后のカノプス容器。中には現在でも乾燥した臓器が入っている。カイロ博物館収蔵。(写真提供:河江肖剰)
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 古王国時代のミイラの特徴は、その見た目にもある。単に亜麻布を巻くのとは異なり、何重にも巻いて、上から石膏プラスターを塗り、顔には目や眉や唇が描かれた。それはまるで彫像のように見える理想化された姿だった。

クフ王のミイラはどのような姿なのか?

 前回と前々回のWebナショジオで、大ピラミッドの「未知の空間」の可能性について紹介した。研究者の中には、発見されていないその空間にはクフ王のミイラがあるのではないかと推測する者もいる。しかし多くの研究者はクフ王のミイラは盗掘で失われてしまったと考えている。

 可能性は低いと思うが、だがもし、まだ未発見であれば、クフ王は一体どのような姿で埋葬されているのだろうか? ここで、これまで発見されている王族のミイラから想像して、その姿を描いてみよう。