第9回 ヒエログリフが読みたい
数日前、昨年行ったアブシールのピラミッド調査の報告書がようやく完成した。いつものように締め切りぎりぎりだったが、なんとか提出までこぎ着けた。一息ついて周りを見ると、机の周りは本だらけだ。私の書斎の四方は天井まで本棚に囲まれているが、書いている時には書架から必要な本や論文を取り出す。流れが途切れるのが嫌なため、それらはしまわれることなく、机の上だけでなく、床にもどんどん積み上がっていく。そして、気がつくと足の踏み場もない状態になってしまう。書き終わると、積み上がったそれらの本を1冊ずつ戻していくのだが、ふと、古代エジプト語の文法書に目がとまった。
いまでこそ発掘や3D計測といった考古学調査にたずさわっているが、学生時代の私はエジプト学の王道とも言えるヒエログリフにどっぷりはまっていた(考古学とエジプト学は似て非なるものである。詳しくは、「第1回 ピラミッドの発掘調査への長い道のり」)。今回は、昔を懐かしみ、少しヒエログリフのことを紹介してみたいと思う。
ヒエログリフとは
ヒエログリフとは、古代エジプトの象形文字である。これはギリシャ語のヒエロス(聖なる)とグリフォ(彫る)という二つの言葉から来ている。実際には、エジプト語の書体を示す言葉であり、漢字でいえば楷書に相当するだろう。
現代の学者たちは、単純にエジプト語(Egyptian)と呼んでいる。時代によって書き方や文法などが変わるため、中エジプト語(Middle Egyptian)、末期エジプト語(Late Egyptian)などに区分されている。エジプト学を志し、カイロ・アメリカン大学に入学した当初、私が最も楽しみにしていたのは、ヒエログリフを学ぶことだった。
映画「天空の城ラピュタ」に出てきたムスカ大佐を覚えているだろうか? 悪役ではあったが、手帳を片手に、ラピュタ語を「読める! 読めるぞ!!」と興奮していた。私もその興奮を味わいたいと思っていたのだ。