第15回 ピラミッドに新たな「未知の空間」の発見[後編]

 実際に入ってみると、メンカウラー王のピラミッドの「上の通路」(図中の第一の下降通路)は途中、間を開けながら3つの石によってわざわざ塞がれていた。そのため、ピラミッドの大きさを変えたときに放棄された空間のようには思えない。さらにこの通路を地下の玄室から上っていくと、ピラミッドの底に突き当たってしまい、外までは達していない。にも関わらず通路に3つの石を置いて通行を妨げているのは、盗掘を防ぐためというより、宗教的、あるいは象徴的な意味があるのではないだろうか。

メンカウラー王のピラミッドの通路。第一の下降通路が「上の通路」。破線はピラミッドの石組み部分。(図提供:河江肖剰。After Ricke)
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 メンカウラー王のピラミッドに「上の通路」をつくった理由として考えられるのは、もともとは地下の玄室をつくるために岩盤を削る際、上下の通路をそれぞれ入り口と出口として設け、玄室完成後は「上の通路」は塞ぎ、象徴的なものと見なしたのかもしれない。

 ただその場合でも不思議なのは、上の通路の突き当たりの組構造に、削って外まで繋げようとした痕跡があることだ。そして、ノミの痕からはピラミッドを建造した古王国時代に思える。こういったことを考慮すると、計画を変更し、後から通路を設けようとしたようにも思える。

カフラー王のピラミッドの通路。第二の下降通路が「上の通路」。破線はピラミッド北面。(図提供:河江肖剰。After Ricke)
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 ではメンカウラー王の先代、カフラー王の場合はどうか。ここでも、ピラミッドの大きさや位置が建設途中で変わったことによって、新たに入り口をつくり直したのだという説がある。しかし、たとえそうであったとしても、「下の通路」(図中の第一の下降通路)を延ばしたらよいだけで、「上の通路」(図中の第二の下降通路)をわざわざつくり直す必要はない。

 実際、上下いずれの通路も完成しており、それぞれが使われた痕跡がある。上の通路は赤色花崗岩、下の通路は石灰岩でつくられている。赤は下エジプト(ナイル川の下流側)、白は上エジプト(ナイル川の上流側)の象徴であることから、2つの通路は上下統一を表しているのかもしれない。

 あるいはピラミッド・テキストにあるように、死した王のバー〈魂〉が地下の通路から玄室に入り、オシリスであるミイラと合一し、アク〈有益なもの〉になったあと、地上の通路から北極星に向かうのかもしれない。

カフラー王の「上の通路」の入り口。ドローンで撮影。(映像提供:TBS/テレビマンユニオン「世界ふしぎ発見!」)
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 2つの通路がピラミッドの中にあるのは、ギザだけではない。クフ王の父スネフェル王が建造した屈折ピラミッドも北と西に通路がある(ただし、それは1本になることなく、別々の部屋に繋がっている)。

 加えて、スネフェル王が建造したと考えられているメイドゥムの崩れかけのピラミッドでは、2000年に玄室に通じる縦穴の側壁から未知の通路と空間が見つかっている。おそらくピラミッドの外まで続いているのではないだろうか。

スネフェル王が建造したとされる、メイドゥムの崩れかけのピラミッド。(写真提供:河江肖剰)
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 これまでは、屈折ピラミッドの2つの通路は宗教的な変化、カフラーとメンカウラーの2つの通路はピラミッドのサイズや位置の変更が理由とされてきた。しかし、もしクフ王のピラミッドの切妻構造の裏に検出されたものが通路だとしたら、ピラミッド内部に2つの通路を設けることは、スネフェル王族にとって当然のことだったのかもしれない。そして、まだ調査はされていないが、スネフェル王の赤ピラミッドでも同じような通路が見つかる可能性にも繋がってくる。

 ここで重要なのは、今回のスキャン・ピラミッド計画の結果が、ミイラや財宝に繋がらなくとも、学術的には大きな発見であり、2つの通路の意味について様々な議論がわき上がるという点である。スキャン・ピラミッド計画は現在進行中であるため、今後、さらに新しい情報が入ってくることが期待されている。

参考文献:Ricke, H. 1944, 1950. Bemerkungen zur ägyptischen Baukunst des alten Reiches. I&II. Zürich: Borchardt-Institut.

つづく

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河江 肖剰(かわえ ゆきのり)

1972年、兵庫県生まれ。1992年から2008年までカイロ在住。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。2012年、名古屋大学で歴史学の博士号を取得。現在、名古屋大学大学院 文学研究科附属 人類文化遺産テクスト学研究センター共同研究員。米国古代エジプト調査協会(Ancient Egypt Research Associates, Inc.)調査メンバー。ピラミッド研究の第一人者マーク・レーナー博士のチームに加わり、ギザでの発掘調査に10年以上にわたって従事。人文科学と自然科学の融合を目指した新しいアプローチによって、ピラミッドの構造を調査する、産学共同プロジェクトGiza 3D Surveyを推進中。米ナショナル ジオグラフィック協会が支援する、2016年エマージング・エクスプローラー。著書に『ピラミッド・タウンを発掘する』(新潮社)『河江肖剰の最新ピラミッド入門』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある。趣味は古武道、CQC(近接格闘術)、ブラジリアン柔術。