第3回 25歳、サハラ砂漠との出会い

 あの写真は撮影が1978年ですから、10年近く経ってからの掲載でしたね。『SAHARA』が出てから、サハラの一連の写真は、欧米のグラフ誌に何度も取り上げられたのですが。当時、ナショジオ誌では、あまりサハラを取り上げていなかったということでしょうか。

――掲載は、どのようないきさつで実現したのですか。

 1980年代初頭に100人のフォトジャーナリストが集まって、その国の1日を写真で切り取るという世界的なフォトプロジェクトがあったんです。初回がオーストラリア、次がハワイ、カナダ、日本、アメリカと続きました。

 僕は、2回目のハワイから参加したのですが、そのときにナショジオのカメラマンや編集者と知り合いました。その次のカナダのときに写真集を持っていたので編集者に見せると「帰りにワシントンの本部に寄れ」と言ってくれたんです。

 言われた通りに編集部へ寄り、編集長に写真集を見せると、その場で掲載することが決まりました。掲載されたのはその2年後でしたけれど、この分野の第一人者であるヘンリー・ロートの記事を添えて編集されました。

――最後は、ふただび野町さんが追い求めている世界についてうかがいます。

(つづく)

1987年8月号の『ナショナル ジオグラフィック』英語版に掲載された野町さんの写真。現在、名古屋で開催中のナショジオ写真展で展示している
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野町和嘉(のまち かずよし)

1946年高知県生まれ。1971年からフリーの写真家として活動を始め、写真集の出版や写真展開催など国際的な活躍を続ける、日本を代表する写真家の一人。1987年8月、ナショナル ジオグラフィック英語版の特集「サハラ砂漠の岩絵」に写真が掲載された。過酷な風土を生き抜く人々の営みと信仰をテーマに、サハラ砂漠を皮切りに世界各地で撮影を続けてきた。2015年7月に写真集『極限高地』を出版する。


高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。