なぜこの世界に私が飛び込んだのか? やはりJR号での経験が大きかったと思います。JR号での研究成果をもとに博士論文を書き上げ、無事(?)理学博士の学位をいただき、ポスドクを経て、つくばの地質調査所(現 産業技術総合研究所)に採用されました。海洋地質部という所で、約10年間の研究員生活を送りましたが、その間もODPの委員会活動などを通じて協力してきました。なぜなら、JR号の生活(経験)は、まさにタイガーマスクの「虎の穴」(平成生まれの方はググッてください)的な、研究者養成所なのです。毎日寝ているか食べている時以外は研究の話をし、手足を動かして掘削試料の計測や分析を12時間ぶっ通しで行い、それを至福として毎日を過ごせるわけです。おまけに英会話能力の向上、国際友達作り、もちろん多数の科学論文への貢献ができるわけです。研究者、特に若手の研究者にとってはこの上ない経験となるわけです。この経験を多くの人に体験してほしい、それが私のきっかけでした。

 私はたった1回の乗船経験でしたが、それが「ちきゅう」を運用することの意義、大切さを教えてくれたと、今でも思っています。2002年のIODP夜明け前、「ちきゅう」を運用する組織であるJAMSTECに移籍し、この手で「ちきゅう」を動かし、若い研究者、技術者と新しい海洋科学掘削の時代、世の中を作るんだという気持ちで、研究側ではなく運用側としての仕事をすることを決めたわけです。その場所が、地球深部探査センター(CDEX)だったわけです。もちろん私がやりたいと言ったからできたわけではなく、2002年に発足したCDEXは、私の恩師がリーダーをすることになっていたこともあり、再び手と手を取り合って(ここは脚色です)、世界へ日本のリーダーシップを示し、真に国際的な科学計画を動かしていくことを誓ったのです(これは脚色無しです)。しかし、まだ道半ばです。タイガーマスクも何度も挫折、危機を乗り越えてきました。私もそうありたいと思います。

「ちきゅう」は地球深部からの試料を掘り起こし、過去に経験した地球の生き様を教えてくれます。それらはこれまでの連載で、「日本のエクスプローラー」達が熱く、そしてワクワクするような話を伝えてくれました。その成果は、現在、そして過去だけでなく、これからの我々の未来にも光を当ててくれています。地震・津波の掘削研究からは、これまで教科書を鵜呑みにして、地震・津波を起こさない領域と信じていたプレート沈み込み帯先端部で地震性滑りの証拠を発見し、それは次の南海トラフ沿いの巨大地震の監視と防災・減災指針に反映されようとしています(連載第356回)。また沖縄トラフでの掘削研究では、これまた予期しなかった“熱水湖”が発見され、人工的な熱水噴出孔を作ったことから、新たな海底資源マネージメントの可能性を示しました(連載第8回)。さらに下北八戸沖では、驚愕の地下生命圏の存在を明らかにし、微生物の生き残り戦術に圧倒されながらも、その能力を使って新たなエネルギーサイクルを創造できる可能性を指摘しています(連載第7回、および番外編)。そう、つまり「ちきゅう」は未来を掘っているんです。

「ちきゅう」がマントル掘削を行うには、大水深用の軽量かつ強靭なライザーパイプ、12,000m対応の掘削パイプ、長寿命の掘削ビット、高温対応観測機器など様々な技術開発が必要ですが、その開発の一部はすでに始まっています。(提供:JAMSTEC)
「ちきゅう」がマントル掘削を行うには、大水深用の軽量かつ強靭なライザーパイプ、12,000m対応の掘削パイプ、長寿命の掘削ビット、高温対応観測機器など様々な技術開発が必要ですが、その開発の一部はすでに始まっています。(提供:JAMSTEC)
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「ちきゅう」はさらに技術開発を行い、4,000m級の水深のところから、海底下7,000m掘削する能力を持つようにしていきます。その目的は、ずばり「マントル掘削」です。1960年代に米国の研究者によって提案されたマントル掘削は、未だに実現されていないのです。月よりも遠いマントルとも表現されたりしますが、自分たちの足元の下10km先に手が届かないのです(正確には陸上では地殻が厚いので、10kmというのは海の上からということになりますが)。しかしながら、この連載を読まれている賢明な読者さんなら、「マントルはカンラン岩からできているんだろ、知ってるよー、今さら掘らなくってもいいんじゃねぇ?」(失礼、ついオヤジ口調になりましたが、紳士淑女の読者さんが大半だと思いますので、適当に読み替えてください)といった反応をされるかと想像します。

 がしかし・・・ 最近の研究によると、マントルには大量の高圧炭素物質(ダイヤモンドに代表される鉱物)や水(水素)が含まれていることが示唆されています。また同位体組成が東西で異なったり、その流動についてもこれまで考えられていたよりもより積極的に流動して、上に乗っているプレートを動かしていることも示唆されています。マントルを通してみる地球観が大きく変わろうとしています。その決定的証拠は「ちきゅう」によるマントルまで到達する科学掘削でしか得られないのです。その現場に遭遇し、その時代を、空気を共有できるチャンスをみなさんは持っているのです。なんと幸運なことと思いませんか?

地球深部探査船「ちきゅう」は、未来を掘り続ける!(提供:JAMSTEC)
地球深部探査船「ちきゅう」は、未来を掘り続ける!(提供:JAMSTEC)
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 今からちょうど100年前にアインシュタインは「一般相対性理論」を発表しました。同年、ウェゲナーは「大陸と海洋の起源」を発表し、後年のプレートテクトニクス誕生につながる大陸移動説を発表したのです。ほぼ同時期に2つの大きな世界観を変える出来事がちょうど100年前に起きたのです。もし100年前のあの時代に自分が生きていたら、何を感じただろうかと想像すると、なんだかウキウキ、ワクワクします。もしかすると今が、100年前のあの時と同じ状況なのかもしれません。我々の前にはまだ果てしない未踏の地、未踏の領域が広がっているのです。新たな生命地球科学観、そしてそれを支える先端技術の創出・・・世の中が変わろうとするこの瞬間、この場、この時代に生きている幸運に感謝し、これからも「ちきゅう」とともに。

倉本 真一(くらもと しんいち)

JAMSTEC地球深部探査センター、センター長代理。1962年、東京生まれ。学生時代は甑島(鹿児島県)、与那国島(沖縄県)などの島の陸上地質とテクトニクスを研究したが、同時に島の周辺の海域に興味を惹かれ、海洋地質学を志す。日本海の地下構造探査や科学掘削の成果をまとめて1991年に東京大学より理学博士の学位を授与。その後、ハワイ大学でのポスドク、そして当時の通産省傘下の地質調査所(現 産業技術総合研究所)で約10年の 研究員生活を経て、地球深部探査センター発足時にJAMSTECに移籍。これまでに科学技術庁(当時)や文部科学省へも短期に籍を置いた経験を持つ。現在は地球深部探査船「ちきゅう」の運用リーダーとして奮闘中。専門は海洋地質学。

地球深部探査船「ちきゅう」

2005年7月29日、建造完成。科学的調査や研究のために海底下7000メートルまで掘削することが可能。世界トップクラスの掘削能力を使って、地中深くからコアサンプルを採取し、地球の内部構造や巨大地震発生のメカニズム、生命誕生の謎などを解き明かそうとしている。2007年からは、日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の主力船として、南海トラフ地震発生帯や下北半島八戸沖の石炭層、東北地方太平洋沖地震の発生帯、沖縄熱水海底下の生命圏の掘削を実施してきた。究極の目標は、人類未踏のマントル到達だ。 全長:210メートル(新幹線約8両分)●幅:38メートル(フットサルコートの長さ)●船底からの高さ:130メートル(30階建てビル)●国際総トン数:56.752トン●最大乗船人員:200人●航海速力:12ノット(時速約22キロ)●航続距離:約14,800海里(27,410キロ)

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