JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」の乗船研究者や技術者によるリレーブログ。最終回となる第9回は、JAMSTEC地球深部探査センター(CDEX)の倉本真一さんの登場。倉本さんがセンター長代理を務めるCDEXの目的は、地球深部探査船「ちきゅう」の運航、掘削などを総合的にマネージメントして、「ちきゅう」を安全で効率的に運用して、最大限の成果をもたらすこと。研究者から運用者へと立場は変われども、海洋掘削によって新しい科学分野の地平を開きたいという熱い気持ちに変わりはないようです。(編集部)

ピッチピチの革ジャンは着てないけど(連載第8回を参照)、鉄馬(バイクのこと)に跨る時は仕事から解放され、このオフの時間が次の仕事の活力を生み出す。(提供:倉本真一)
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 高井さん、ありがとう。しっかりバトンは受け取ったよ(ちょっと落としかけたけどね)。おまけに、かなりハードルを上げてくれたね。ただのリレーじゃなくて、障害物競走だったのね。ピッチピチの革ジャン着て走るわけにいかないので、リラックスして書かせてもらいますよ。でもね、名言や金言を期待されてもね・・・まあ平常心で締めくくりましょう。しかし、「生物多様性」を地でいく人だね、高井さんって。それではみなさん、準備はいいですか?これから禁断ではないけど、魅惑の世界にお誘いしましょう。

 これまで執筆されてきた方々は(残念ながら極めてジェンダーバランスが悪く、オッさんばっかりでしたが)、みなさん百戦錬磨の海洋科学掘削の達人のような人ばかりでした。だからこそ、面白い、興味ある掘削船でのエピソードを、臨場感をもって書くことができたのだと思います。まさに「日本のエクスプローラー」にふさわしい方々ですね。羨ましい限りです。「えっ? お前もそうだろう?」って聞かれそうですが、私は研究者として掘削船に乗ったのは、人生でたったの1回しかないのです(これってカミングアウト?)。それも大学院生の頃ですから研究者の卵ぐらいの時ですね。

 それは1989年の夏でした。米国のジョイデス・レゾリューション号(通称JR号、「国鉄」の頃からJRと呼ばれていました、関係ないか?)に乗船して、日本海で掘削調査をした国際深海掘削計画(ODP、Ocean Drilling Program)第127次航海でした。もう既に四半世紀も前のことです(恐ろしい)。当時は日本からJR号に乗船できるのは毎回2名で(支払った分担金の額によって乗船者数が決まるシステムで、もちろん個人が払えるような金額ではないので、当時の文部省が払っていました)、私が乗船する以前は、すべて大学の大先生や国立の研究所の大研究者の方々ばかりが乗船しておりまして、日本から大学院生が乗船したのは、私が初めてでありました(正確にはもう1人大学院生が私と同時に乗りました)。変な気負いもありましたが、掘削した試料の物性を研究するというのが乗船時の役割(英語ではPhysical Property Specialist)で、いきなり「スペシャリストか?」と感激というか、結構なプレッシャーだったことを覚えています。

 同僚の”スペシャリスト”に、今は亡きコロンビア大学のマーカス・ラングセス先生という方がいらっしゃって、地球熱学の超大先生であることも知らずに(お亡くなりになってから、米国の調査船の名前にもなったぐらいの方でした)、同僚ですからタメ口で(英語が拙かっただけですが)、毎日話をし、レポートの書き方、手直しまでやっていただきました。「シンイチ(ファーストネームで呼び合います)、論文ていうのは、流れるように書くんだぞ、例えばシェークスピアのような文がいいんだ!」って言われたことを、今でも覚えています。実際、シェークスピアの原文を(未だに)読んだこともないですが、たぶんそうなんだと思います。後日、だいぶ時が過ぎてからですが、このエピソードを米国人研究者に話したら、「初めて聞いた?!」ということでしたので、ラングセス先生の持論だったのかもしれません。

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