第9回 倉本真一 「ちきゅう」は未来を掘っている

ODP第127次航海のサイエンスパーティー集合写真。A:シンイチ(私)、B:ラングセス先生、 C:ジェイミー、D:リック。学生ながら、シンイチは良いポジションをキープしてるでしょ。後方に見える島は北海道の奥尻島。(提供:倉本真一)
ODP第127次航海のサイエンスパーティー集合写真。A:シンイチ(私)、B:ラングセス先生、 C:ジェイミー、D:リック。学生ながら、シンイチは良いポジションをキープしてるでしょ。後方に見える島は北海道の奥尻島。(提供:倉本真一)
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 ODPの航海は、通常2カ月の航海を繰り返して行われていました。土日もなく、船は24時間体制で動き、研究者も12時間交代で働き続けます。現在の「ちきゅう」のオペレーションと同様な形態ですが、基本はJR号のやり方を踏襲しています。さて、2カ月も乗船していると、それなりに英会話力も上達してきて、また暇を見つけては他の研究者のところに油を売りに行ったりしながら(いわゆるコミュニケーションですね)、いろいろな話をします。

 この航海にはスタッフ・サイエンティスト(「ちきゅう」では研究支援統括と呼ばれています。連載第12回のNobuを思い出してください)として、ジェイミー・アランという人が乗っていまして、彼も学位取得後の初仕事として、いきなりスタッフ・サイエンティストという職を任されて乗船してきました。また、リチャード・マーレーという人はカリフォルニア大の大学院生で地球化学の担当でしたが、同年代ということもあり、暇を見つけてはよく話をした気さくなヤツでした。リック(リチャードをみんなこう呼んでました)はギターも上手で、よく船内のラウンジでギターを弾きながら、なぜか周りにいた女性もうっとりと聴き入っていたようでした(かなり偏見や嫉妬が入っていますが)。

 今でも年に何回かジェイミーやリックに会議などで会いますが、彼らは今や米国科学財団(NSF、National Science Foundation)という米国内の科学資金の采配をしている組織の重鎮でして、一緒に国際深海科学掘削計画(IODP、International Ocean Discovery Program)を運営するパートナーとなっていることは、なんとも運命のいたずらというか、世の中は狭いものです(こういう時、米国人的には“It’s a small world!” とか言いますね)。こういう友達がパートナーでいると、結構無理もきくというか、米国人も浪花節な所もあるんだなーという経験を何度かしてきました。やはり同じ釜の飯を食うというのは、特別な経験として深く胸に刻まれます。

 海洋の科学掘削は既に半世紀の歴史があり、米国主導で行ってきた歴史から、「ちきゅう」を投入することによって日米共同リーダーの時代を2003年から迎えました。念願というか、悲願の「ちきゅう」建造も進み、2005年7月に「ちきゅう」は完工し、JAMSTECに引き渡されました。したがって今年2015年は「ちきゅう」就航10周年なのです。ところが「ちきゅう」の歴史は、少なくともさらに15年前に遡りまして、いわゆる国の審議会に国産の深海掘削船を作る話が出たのが1990年なのです。おそらくその前から我々の大先輩たちは議論を繰り返し、JR号ではできない領域に新たな科学・技術の地平が広がっていることを確信していたに違いありません。