第8回 高井研 ♪もしも〜「ちきゅう」が〜使えたなら♪

 第7回に至るまでこのリレー連載では、実はすべて統合国際掘削計画(IODP)による「ちきゅう」の研究現場が描かれています。いかにIODPの国際研究者チームが長年の情熱と研究アイデアを傾け、深海掘削研究を計画・提案し、現場の掘削技術者や研究チームマネージメントを束ねる男達が男汁満載のプロフェッショナル魂で苦難を乗り越え、そして研究現場ではさまざまな問題が起こりつつも努力・友情・勝利で切り抜けハッピーエンドに至ったか。

 そんな某少年ジャンプの黄金パターンのような筋書きの内容が、毎回こってりと書き綴られてきたわけです。

 ふっ、でもね、このWebナショジオの常連客のワタクシにはわかるのです。残念ながら、ずばり、わかってしまうのです。そろそろ読者は求めていると...。毎年9月になれば失速してしまう和田スパイス野球から金本監督による「厳しくも明るい猛虎野球」のような変革をこのリレー連載に求めていると...。

 たしかにこの10年間、「ちきゅう」を用いた深海掘削研究の中心は統合国際深海掘削計画(IODP)での科学ミッションでした。IODPのもと「南海トラフ地震発生帯掘削総合研究」(第5回木村学さん第6回山口飛鳥さんの回)、「日本海溝太平洋東北沖地震後調査研究」(第3回斎藤実篤さんの回)、「下北半島沖“海底下の森”と生命圏掘削研究」(番外編稲垣史生さん第7回諸野祐樹君の回)が行われてきました。しかしよく考えてみると、実は「ちきゅう」を使ったIODP掘削研究は、上に挙げた航海以外では「沖縄トラフ深海熱水海底下生命圏研究」しかありません。そしてこの沖縄トラフ深海熱水掘削航海の提案者であり、共同首席研究者を務めたのはワタクシだったのです。

 ギョギョギョ、だからワタクシにリレー連載のお鉢が回ってきたのでギョざいますね! 気づいて、思わず「さかなクン化」してしまいました。

 ともかく、10年間でたった4カ所の海域の(しかも日本周辺海域の)深海掘削研究しかできていないのです。どれほど多くの世界中の研究者が「ちきゅう」を使ってアソコを掘削してアンナことやコンナことを明らかにしたいという純粋な好奇心に基づいた優れた研究提案を書いたとしても、現実に「ちきゅう」を使って目的の海域で研究を進めることができる幸運な研究提案者はごくごく限られてきたのです。

 しかもIODPは各国がお金や人材を出資しあって成り立つ国際共同研究計画ですから、たとえ研究提案が通ったとしても、その研究提案を何年も前から立案・計画・準備した研究者や研究チームだけでゴリゴリ進められるわけではなくて、国や地域のバランスや研究分野のバランスやその他諸々のオトナの事情ムニャムニャとかも考慮して、たった数カ月ぽっちの準備期間でバタバタと乗船研究チームの構成が決定され実施に至るわけです。

 そういう事情を鑑みれば、木村学さんの回には少しだけ「ホンネ、ポロリもあるよ」的な内容が書いてありましたけど、そりゃもう、「ちきゅう」の研究現場では、

「この研究は首席研究者のワイのワイによるワイのための研究なんや! ぽっと出の雑魚は黙ってろ!」
「一見さんはお茶漬けでも食べていって(経験だけで満足してあんまり自己主張せずに帰って)おくれやす」
「そのサンプルを得るために10年の歳月とウン億円の研究費が費やされてきたと思っとるんじゃ!何もせず、何も知らずに乗り込んできたオマエがヘーゼンとウン十㌘もサンプルを要求するか?」
「まてまて、それはキミが要求しているのかね? それともキミの国家が要求しているのかね?」
「折角乗船したのにアタシのサンプルないの。ココではなくてアチラで掘削してほしいの」
「船内軍事同盟を結成し血判書を書いてきた。ワシらのサンプルを取ってくれるまでラボに籠城することにした。異論は認めない」
「けっ、日本の船はグローバリゼーションできてねえな! 我がステーツでは考えられないぜ!」

などなど、「渡る世間は鬼ばかり」のような人間模様や小事件が、今が旬の「さんまの水揚げ」のように毎日ドカドカとやってくるっちゅうもんです。

 研究計画が採択されるのも超タイヘン。そして研究提案が採択されて、実際の調査航海を指揮するのも、あるいは集団的研究権が行使される中で自分の研究を押し通すのも、ホント大変。それがIODPで「ちきゅう」を使って研究をするというリアルなんです。

「あぁぁ、一度でイイから、俗世の義理やしがらみからカイホーされて、自分達の研究のために自分達が思うように『ちきゅう』を存分に使ってみたい。・・・でもとてもお高いんでしょう?」

「もしもピアノが弾けたなら」ならぬ「もしもちきゅうが使えたなら」という切ない想い。それはワタクシだけではない、IODPで「ちきゅう」を使った研究航海を経験した多くの研究者が一度は抱く「到底叶いそうもない願望」なのです。