第7回 諸野祐樹 海底下の生命探し、何より根気が必要

 航海は68日間。期間中にこの難題を成し遂げ、航海のボス(共同首席研究者)の稲垣さんとドイツ人のカイ・ハインリッヒさんを満足させる。微生物の研究者になって約10年、最も難しいミッションに立ち向かうのは、僕と産業技術総合研究所研究員(現主任研究員)の堀知行君、そしてカリフォルニア工科大学から来た陽気な学生のエリザベス。三人のチームワークはばっちりだったが、もちろん、片っ端から調べていたのでは日が暮れ、そして航海も終わってしまう。僕には秘策があった。

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微生物検出チームの3人。けんかもしたが、最後まで仲良く仕事をやりきった。

とっておきの秘策

 この難題、おそらく世界を見渡しても、成し遂げられる研究者はそうたくさんはいない。僕はJAMSTECに入ってからずっと、海底下にいる微生物をターゲットとして研究開発を続けてきた。そうやって積み上げてきた秘策を惜しげもなく使うのは今である。本当はもっと色々あるのだが、今回は微生物を土砂と区別して集めてくる方法を解説しよう。

 土砂は普通、微生物より重い。正確に言えば密度が高い。これを利用すると微生物と土砂を分けられるようになる。例えばアラビア半島にある死海で人間がプカプカ浮いて新聞を読んでいる写真を見たことがないだろうか? あれは、死海の水に高い濃度で塩分やそのほかの成分が溶け込んでいることにより水の密度が上がり、人間を浮かすくらい強い浮力が得られることによる。また、淡水のプールや川より、死海ほどではないが塩が溶けている海のほうが泳ぎやすいのもそのためである。でも土砂は死海でも海でも沈む。それは密度が周りの水より高いからだ。

 これを利用し、微生物は浮くけれども土砂は沈むような密度を持つ水を作ることが出来れば、微生物だけを浮かして分けて取ってくることが出来る。僕は密度が純水の1.3倍から2.2倍まで高い水を作った。2.2倍となると相当重い。2リットルのペットボトルは普通2kg程度であるが、密度が2.2倍だと4.4kgにもなる。こんなに重い水には、海底下の微生物だって浮いてしまう。こうやって浮かしてきた微生物だけを集め、メンブレンと呼ばれる微生物より細かい穴の開いたろ紙で濾(こ)してやれば観察試料の完成だ。ここまでくれば、東京ドームのグラウンドからビリヤードの玉一つを探し出すくらい簡単になる。それが本当に簡単かどうかはさておき、頑張れば出来そうな気がするくらいのレベルだ。

密度の違いで分離を行う。上から順に密度の異なる水を積み重ねている。一番下には密度の高い土砂、その上には比較的低い土砂粒子が浮かんでいる。微生物が浮いているのはそこから上の部分。(提供:諸野祐樹)
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メンブレンで濾(こ)しとった後の観察試料、微生物の体内にあるDNAを染色して顕微鏡で観察する。(提供:諸野祐樹)
 
 
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根気と息抜き

「カチ、カチ」

 顕微鏡を覗(のぞ)きながら数取器(かずとりき)のボタンを押す。数取器はボタンを押した回数を記録するものだ。紅白歌合戦で双眼鏡を覗きながら会場審査の人力集計をするときに使っているアレである。顕微鏡で見られる範囲は0.1ミリ四方くらい、これを1000回ほど繰り返すとメンブレン1枚を数え終わる。メンブレン1枚に数個しかいない微生物を丁寧に探し出す、根気の要る作業だ。僕が顕微鏡で微生物を数えている傍らでは、堀君とエリザベスが協力して微生物を浮かせて分離する作業を継続している。

顕微鏡で微生物を数える筆者。数時間も同じ作業を続けると首がバキバキになってしまうし、目がウサギのように赤く充血してしまうので、適度に休憩しながら作業する。(提供:吉澤理)
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