再び、三たび「ちきゅう」へ

 その3年後、「ちきゅう」再乗船の機会は思ったより早くやってきた。熊野沖の海底地すべりと、沈み込む前の堆積物の完全採取を目的とした第333次航海。私は2009年に博士号を取得し、高知大学で1年半のポスドク生活を経て、古巣の東京大学に戻ってポスドクとして働いていた。第316次航海で採取したあの分岐断層のコア試料の分析論文を学術雑誌に投稿したところで、ほんの少しだが自信もついていた。今度は、2回目の乗船ということもあり、2人しかいない構造地質グループのリーダーとなった。沈み込み前の地層は変形が少ないということを想定した人員配置だった。しかし、実際には沈み込む前の地層にも小断層や海底地すべりによる変形が発達しており、その記載には予想外に時間がかかった。

 構造グループのもう1人のメンバーは米国の女子学生で、とにかく一生懸命に計測していた。しかし、柔らかい地層の変形にはあまりなじみがなく、ややナーバスになっているのがわかった。そんな彼女をフォローしつつ、変形の記載を行ったが、CTスキャンのチェックと、間隙水測定、ホールラウンドサンプル(コアを丸ごと採取するサンプル)用のコア切断、堆積物の下にある玄武岩の記載など、他にもさまざまな仕事が降ってきて、それらを私はすべて引き受けてしまった。他の研究者たちが卓球大会で盛り上がるのを横目に、私は黙々と作業。1カ月弱という短い乗船期間であるにもかかわらず、疲労困憊(こんぱい)し、新宮港に上陸した時にはへとへとになっていた。何でも一人でやりすぎるとよくないということを学んだ。

 一方、「ちきゅう」の能力は、この間に飛躍的な進歩を遂げていた。第316次航海であったような、掘削時のコアの変形やコアフローの無駄な時間は、第333次航海ではすべて解消されていた。質の良いコアが採取されると間髪入れずに研究室に流れてきて、“Chikyu Time” などと言う研究者はもはや誰もいなかった。

 そして、その2年後の2012年秋。9月から東京大学大気海洋研究所の助教として採用された私は三たび、「ちきゅう」船上の人となった。次なる目標は熊野海盆の海底下5キロに横たわる巨大逆断層深部であり、そこに到達するまでのつなぎとして海底下約3000メートルまでライザー掘削(澤田さんのブログ参照)で掘り進むというのが、第338次航海の目標だった。

実体顕微鏡で観察しているのは、ライザー掘削で回収された「カッティングス」と呼ばれる数ミリ~数センチの掘削屑。変形構造が含まれる粒子から、海底下の構造を探ろうという実験的な取り組みだ。(提供:山口飛鳥)
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 ライザー掘削では、コアを採取するのに時間がかかるので、ほとんどの深度でカッティングスという径数ミリ~数センチの掘削屑を用いて記載を行う。カッティングスを用いた記載は、第319次航海で予察的に行われてはいたが、南海トラフで本格的に取り組むのは初めてであり、実験的要素の強い航海になった。

 今回も私は構造地質グループのリーダーであり、過去2回の航海で学んだ点をふまえて、人によりばらつきがちな記載や用語の統一化に注意した。気づけば、船内には私より年下の研究者がたくさんいて、かつての私のように緊張した顔をしていた。

 カッティングスはばらばらの状態で上がってくるので、コアで行ったような方位計測はできない。そこで、構造地質グループは実体顕微鏡の下でひたすらカッティングスの観察を行った。変形構造を含むカッティングス粒子の割合をプロットすると、見事に傾向が認められた。これは使えるということで深部での測定が期待されたが、悪天候のために海底下約2000メートルで掘削は中断してしまった。海底下3000メートルまでの掘削は、翌年の第348次航海に持ち越され、この航海に乗船した大気海洋研究所の大学院生である福地里菜さんが現在、採取されたカッティングスの解析を精力的に行っている。

「ちきゅう」とともに歩む研究

 こうして振り返ってみると、学生時代の後半から現在までの私の研究の歩みは、「ちきゅう」とともにあり、「ちきゅう」に育てられたと言っても過言ではない。もちろんそれは、何の実績もない学生を第316次航海の乗船研究者に抜擢してくださったという幸運あってのことで、ともに船上で記載や議論を行った第316、333、338次航海の乗船研究者やマリンテクニシャンの方々、船の運航や管理に関わる全ての方々のお力添えの賜物である。この場を借りて深くお礼申し上げたい。

 私はその後、「ちきゅう」で採取したコアの研究がきっかけとなって海の研究に本格的に取り組むようになり、「淡青丸」、「新青丸」、「白鳳丸」など、「ちきゅう」より小さな研究船に何度も乗る機会に恵まれた。船酔いにも多少強くなった。この原稿も、南海トラフにて観測中の「白鳳丸」船上で執筆している。次回「ちきゅう」に乗船する時に私は何を感じ、そして「ちきゅう」はどのような能力をもって、私たちの期待にこたえてくれるのか。その日が楽しみである。

 次回のブログは、私が博士取得後すぐに高知コアセンターでご一緒し、高知市内のバーで新しい半割手法やコア研究全般に関する議論をしていただいた、海洋研究開発機構高知コア研究所の諸野祐樹博士にバトンを渡したい。

山口 飛鳥(やまぐち あすか)

兵庫県神戸市出身。中学1年の冬に兵庫県南部地震を経験し地球科学を志す。2004年東京大学理学部地学科卒業。2009年東京大学大学院理学系研究科を修了し博士号取得。高知大学海洋コア総合研究センター研究員、東京大学大学院理学系研究科特任研究員を経て、2012年から東京大学大気海洋研究所助教。専門は構造地質学。「ちきゅう」には3回乗船。

地球深部探査船「ちきゅう」

2005年7月29日、建造完成。科学的調査や研究のために海底下7000メートルまで掘削することが可能。世界トップクラスの掘削能力を使って、地中深くからコアサンプルを採取し、地球の内部構造や巨大地震発生のメカニズム、生命誕生の謎などを解き明かそうとしている。2007年からは、日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の主力船として、南海トラフ地震発生帯や下北半島八戸沖の石炭層、東北地方太平洋沖地震の発生帯、沖縄熱水海底下の生命圏の掘削を実施してきた。究極の目標は、人類未踏のマントル到達だ。 全長:210メートル(新幹線約8両分)●幅:38メートル(フットサルコートの長さ)●船底からの高さ:130メートル(30階建てビル)●国際総トン数:56.752トン●最大乗船人員:200人●航海速力:12ノット(時速約22キロ)●航続距離:約14,800海里(27,410キロ)

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