初めての「ちきゅう」 4つの印象

 私にとって、第316次航海は、7週間の乗船期間で4分の1ずつ印象が異なった。最初の4分の1は、とにかく船の生活や作業に慣れるだけで精一杯だった。次の4分の1は、軌道に乗りすべてが順調に進行した。問題は、半ばを過ぎた直後の4分の1で、航海開始から1カ月弱が経過し、毎日が同じ生活の繰り返しで休みもなく、すべてに飽きた。コアにも、作業にも、人間関係にも……。オリビエさんのものまねにも飽きた。あんなに美味しいと思った食事にも飽き、何を食べても同じ味に感じられた。航海が果てしなく続くのではないかと思われるほどだった。

 2カ所目となる、プレート境界断層をまたぐ予定のC0006地点の掘削は、掘削孔内の状況が悪化したため、プレート境界断層にあとひと息で到達するというところで中止された。ちょうど船の生活に飽きてきたタイミングでもあり、研究者たちのテンションは低く、実験室には気だるい雰囲気が漂っていた。毎日同じメンバーで顔を合わせていると小さなことでもすぐに衝突が起こる。だれそれのやり方は気に入らないとか、あいつと合わないのでシフトを変えてほしいとか、昼シフトと夜シフトで記載の精度が全く異なるのはよくないとか、その類いの小トラブルが毎日のように起こった。

 C0006地点から少し場所を移し、プレート境界断層を狙って再度掘削を再開したC0007地点では、プレート境界断層を無事に貫通した。実験室には変形したコアが続々と運び込まれ、また気分が盛り上がってきた。学さんのブログにある、重要な断層帯のコアを開いて処理を行ったのもこの頃である。そして、乗船日程最後の4分の1になると、下船へのカウントダウンがいよいよ始まる一方で、心情面では飽きることを通り越し、この船を離れることへの寂しさを日増しに感じるようになっていた。

 2月4日、下船前日。全てのコアの記載が終わり、実験室は人も少なく閑散としていた。特に用事もないのだが、どことなく去り難く実験室にたたずんでいる私の横で、物理特性担当の堤昭人博士(京都大学)が、いつものように一人黙々と残った試料を処理していた。すると聞き覚えのあるメロディーが口笛で流れてきた。中島みゆきの「歌姫」。船のデッキや潮風といった単語が歌詞の中に出てくる、船旅を舞台にした静かな名曲である。堤さんの口笛だった。それを聴いているうちに、この7週間のさまざまなことが思い出された。乗船前の不安、議論の興奮、半分すぎの飽きた日々。1日も休みなく12時間働き続けた7週間という時が、充実した夢のような時間であり、とてつもなく貴重なもののように思われた。またいつかこの船に乗って掘削研究に携わりたい、そう強く思った。

2008年2月5日、新宮港入港を前に、北村有迅さん(左、現・鹿児島大学)とヘリポートで記念撮影。このヘリポートに降り立って7週間、緊張と興奮の「ちきゅう」初乗船が終わろうとしていた。(提供:山口飛鳥)
[画像をタップでギャラリー表示]

 2008年2月5日。日の出の時間に外に出ると、紀伊半島の山々がそこにあった。今までずっと海以外何も見えなかったこの船の上から、陸が見えるこ とが不思議だった。内海のおだやかな波、木々に覆われた山、小さく見える車や 建物など、何もかもが新鮮に感じられた。そして、船はゆっくりと新宮港に着岸した。岸壁に並ぶ人や車を見て、「ちきゅう」の大きさに初めて気づいた。タラップを降りて、船を見上げてその巨大さに再度驚く。岸壁で7週間ぶりの缶ビールを開け、心地よい酔いとともに「ちきゅう」の姿は遠ざかっていった。

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る