プレート境界から分岐して海底面に達する「分岐断層」の浅部をターゲットとしたC0004地点の掘削は、反射法地震探査から推定された断層帯とおぼしき深度を無事貫通し、海底下400メートルで終了した。コア台の上には、断層運動の影響を受けて強く破砕されたコアが続々と運び込まれた。構造地質グループはその記載にかかりきりとなり、シフトをオーバーしての16時間労働となった。会議室では、昼シフトと夜シフトの全員がそろう正午きっかりに、連日のように研究者ミーティングが行われた。変形構造に加え、堆積物の微視的特徴、物性、間隙水の化学組成……。全てのデータは、海底下約250~300メートル付近に断層帯があることを示していたが、その定義や広がりに関して、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論が行われた。

科学が前進する瞬間に立ち合う

 決定的だったのは石灰質ナンノプランクトンという微化石を用いた堆積年代のデータで、通常は地下深部になるにつれて古くなる地層の堆積年代が、2度にわたって逆転していた。つまり深部ほど若くなることが明らかとなった。私たちの見ている断層帯が、少なくとも2度の地層の年代逆転をもたらした巨大逆断層であることが掘削試料からの直接的な証拠によって判明したのである。そして議論の末に、海底下258.01メートル~307.52メートルが「巨大分岐断層帯」であると認定された。科学が前に進む瞬間だった。

 耳慣れない英語に苦しみながらも、船上での活発な議論と合意形成プロセスを目の当たりにして、私は興奮していた。通常の科学研究では、ある研究者がある手法で研究を行い、その結果を論文として公表すると、別の研究者が別の手法で追試を行い、それを重ねることでだんだんと理解が深まってゆく。この過程には通常数年の時間がかかる。しかし船上では、それを一気にやってしまうのだ。世界各地から集まった研究者は、航海が終わるとまた世界各地に散ってゆき、全員がもう一度集まる機会はまずない。そこで、やれることはすべて船上で終わらせてしまうのである。私は、科学の進歩を早送りで見ているような感を覚え、そんな場に立ち合える幸せを噛みしめていた。と同時に、直径わずか7cm弱のコアのとんでもない威力を思い知らされた。

 議論が収束すると、レポートの執筆が待っている。IODPでは、掘削地点ごとにサイトレポート(船上での分析結果のまとめ)を執筆しなければならない。各グループがそれぞれの分析項目を担当し、その総ページ数は長いものでは200ページを超える。既に船は次の掘削地点に移動し、新たなコアがどんどん上がってくるのを記載しながら、レポートも執筆しなければならないのでかなり忙しい。第316次航海では4地点で掘削を行ったので、4回のレポート提出があった。普段は優しい共同首席研究者のリズは締め切りに厳しく、提出期限の10分後には催促メールが来るほどで、一部の研究者の間では恐れられていた。

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