JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」の乗船研究者や技術者によるリレーブログ。第6回は大学院博士課程2年の時に初めて「ちきゅう」に乗船し、研究者としての道を本格的に歩み出した山口飛鳥さんが登場。緊張と興奮の最初の乗船から、2回目、3回目と回を重ねるごとに、若き構造地質学者の活躍の場も増えてきた。現在は東京大学大気海洋研究所助教を務める山口さんが、「ちきゅう」とともに歩んだ10年を教えてくれる。(編集部)

2007年9月21日、南海トラフ地震発生帯掘削計画のため、紀伊半島沖の掘削海域に向けて、和歌山県新宮港を出港する「ちきゅう」。翌年2月までに、三つの研究航海を実施し、山口飛鳥さんは12月19日から始まった研究航海に参加した。(提供:JAMSTEC/IODP)
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 爆音とどろくヘリコプターの中から大海原のはるかかなたに、ぽつりと点のようなものが見えた。それは、どんどん大きく、どんどん高くなってゆき、船体中央にそびえ立つ掘削やぐら(デリック)を備えた異形の船、地球深部探査船「ちきゅう」であることがはっきりと認識された。

「あれだ」

 2007年12月19日、紀伊半島熊野沖。博士課程2年の学生であった私は、統合国際深海掘削計画 (IODP) 第316次航海における構造地質学研究者として「ちきゅう」に初めて乗船するという大仕事を前に、緊張のただ中にいた。南海トラフの海底下からどんな試料が採取されるのだろうかという期待。そしてそれを上回る、構造地質学者としての任務をこなせるのだろうか、英語での意思疎通が滞りなくできるのだろうかという不安……。そんなことを考える間にもヘリは「ちきゅう」に近づき、船尾から左舷側に大きく回り込んで、船首直上のヘリポートにふわりと着地した。

 第316次航海は、南海トラフ地震発生帯掘削 (NanTroSEIZE) の冒頭を飾る3航海 (314、315、316) の3つ目であり、南海トラフのプレート境界断層浅部と、プレート境界から分岐して海底面に達する分岐断層浅部のコア回収が目的だった。私が乗船したときには既に、「ちきゅう」はC0004地点(CはChikyuのC、0004は「ちきゅう」の4番目の掘削点という意味)に到着し、掘削を開始していた。

大学院生で「ちきゅう」研究チームの一員に

 航海の共同首席研究者は、前回のブログを執筆された、当時私の指導教員であった東京大学の木村学教授(通称:学さん)と、フロリダ大学のエリザベス・スクリートン教授(通称:リズ)の2人。学さんは大局をつかむのが得意(しかし時々おおざっぱ)なのに対して、リズは細やかで気が利く(そして、締め切りに厳しい)。この2人のリーダーの他に、研究支援統括(第1回江口さんのブログ参照)のダンと、堆積学、構造地質学、物理特性、古地磁気、古生物、有機・無機地球化学、微生物などの研究者24人が乗船しており、これが研究者チームだ。

 私は学部4年生と大学院修士課程の時に、徳島県牟岐(むぎ)町の海岸沿いに露出する、変形した地層である「牟岐メランジュ」の研究を行っており、そこで見られたような、過去の沈み込み帯でできたと考えられる変形構造が現在の沈み込み帯にも見られるかどうかを調べるために乗船した。乗船研究者の中で大学院生は数人、日本人研究者の中では1人しかいない。私の緊張も当然だった。

 私の所属する、地層の変形を扱う「構造地質グループ」のリーダーは、当時JAMSTEC (現・筑波大学准教授) の氏家恒太郎博士。見た目が実年齢より10歳以上若く見え、一緒に調査に行くと、私が先生で氏家さんが学生に間違えられる。しかし、ひとたび議論となると外国人研究者を相手にしても一歩も引かずに渡り合う大変心強い先輩である。

 研究者は全員が0時-12時の「夜シフト」と、12時-24時の「昼シフト」のどちらかに配属される。掘削は24時間休みなく行われ、採取されたコア試料はどんどん上がってくるので、常に誰かがその処理をしないといけないのだ。構造地質グループの中で私は氏家さんとともに夜シフトに配属された。

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