第6回 山口飛鳥 「ちきゅう」乗船でひらけた研究者人生

「ちきゅう」は全長210メートルもの大きな船だが、研究者が普段立ち入ることのできる範囲はそう広くない。デリック周辺や、それより後部は通常は立ち入り禁止なので、ヘリポートの後方にある居住区画と研究区画のみを行き来することになる。とはいっても、それだけで9階建てのビル1棟分ぐらいある。

快適な「ちきゅう」での暮らし

 居住区の最下部にはジャグジーやジムがあり、その1つ上には食堂や休憩スペースがある。食堂はカフェテリア方式で、好きなものを好きなだけ選んで食べることができる。入ってすぐのコーナーはサラダバーで、生野菜が常備されていてベジタリアンにも対応している。次はメイン料理で、鶏・豚・牛・羊などの中から常時3種類の肉料理がある。続いては刺身や前菜などのコーナー、最後に焼き魚、カレー、パスタなどがある。入口右手にはケーキなどのスイーツ専用冷蔵庫とソフトクリームマシンがあり、第316次航海ではシュークリームと抹茶ロールケーキが私のお気に入りだった(その後の航海では、仕入れの関係か、見られなくなってしまったのが残念)。また、クリスマスには七面鳥の丸焼きと塊のローストビーフなどのクリスマスディナーが、元日にはおせちやお雑煮などの正月料理が振る舞われた。

最初の乗船は年末から年始にかけてだった。陸上ではイベントが盛りだくさんの時期。「ちきゅう」の上も、禁酒ではあるが、負けていない。クリスマスディナーに出された七面鳥の丸焼きを、構造地質グループのリーダー氏家恒太郎さんが切り分けてくれた。(提供:山口飛鳥)
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 食堂の上の数フロアには整然と居室が並んでいる。室内は少し狭めのビジネスホテルのようで、各部屋にトイレとシャワーが完備されており快適だ。作業中にベッドメイクをやってくれて、洗濯物はネットに入れて部屋の前に置いておくと12時間以内にきちんと折りたたまれて戻ってくる。

 研究区画は、居住区画と同じ建物内だが完全に分かれており、居住区画から2カ所の扉で入る。最下層は会議室、共同首席研究者室、パソコン作業スペース、ラウンジ、マリンテクニシャン室などがあり、その上の層は化学系実験室、さらに上にはコア実験室、最上層にコア切断エリアと続く4層構造である。1本の長さ9.5メートルのコアは最上部のコア切断エリアで約1.4メートルの「セクション」に分割され、実験室へと運ばれるわけだ。

忘れられない大晦日

 2007年12月31日、大晦日。この日は船内ツアーが行われた。いきなり、デリックの頂上までエレベーターで昇る。さすがに130メートルは高い! 風も強く、少しジャンプしたら海まで飛びそうに錯覚した。高すぎて逆に距離感覚が麻痺し、高いところが少々苦手な私でも恐怖はさほど感じなかった。ただ、デリックの床板は金網状で、下が透けて見えるのには驚いた。船内ツアーでは、普段は立ち入ることのできないドリルフロアーや機関室、ブリッジなども見学することができた。

 大晦日の晩には、普段は船内各部の映像しか流れないモニターがBS放送を映し、作業の合間に紅白歌合戦を鑑賞した。年越しの瞬間は実験室に集まって研究者みんなでカウントダウン。明けて元日には、洋上の初日の出も雲の間から拝むことができた。忙しいコア記載の合間に、印象に残るイベントだった。

 年末年始をまたいでの乗船だったので、陸のメールアドレスには飲み会の誘いが頻繁に入ってくる。忘年会の誘い、地元の友人からの誘い、年が明けると新年会の誘い……。事情を説明して、断りの連絡を入れた。残念ながら「ちきゅう」はドライシップ、すなわち禁酒船。そのうち、居酒屋に行く夢を見た。乾杯してまさにこれから生ビールを飲もうとするところで目が覚めてしまい、もう少し長く寝ておけばよかったと後悔した。不思議なもので、コンビニに行く夢や、焼き肉を食べに行く夢など、この状況下では絶対に行くことのできない場所に行く夢を見てしまうものなのである。

 この頃、研究者の間で、ある人のものまねがはやった。構造地質グループ昼シフトのオリビエ・ファブリ教授(仏・フランシュコンテ大学)。かつて日本に住んでいたことがあり、奥さんが日本人。そのため、彼の話す日本語はやや熊本弁が入っている。英語より日本語のほうが楽な場合があるみたいで、“I’ll go to めし食ってくる”、“Where is 延長コード?” など、おもしろいことをよく言う。また、「あと30日」などと言うので何のことかと思えば、下船までの日数で、早くフランスに帰りたいとか、おなかがすいたので集中できないとか、文句は多いけれども愛すべきキャラクターのオリビエさんだった。

2007年の大晦日、構造地質グループの氏家さん(夜シフト)とオリビエ・ファブリさん(昼シフト)が打ち合わせ中。日本人の奥さんをもち、日本滞在の経験もあるオリビエさんは、ときどき変な日本語を話し、皆をなごませてくれた。(提供:山口飛鳥)
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