第6回 山口飛鳥 「ちきゅう」乗船でひらけた研究者人生

回収されたコアの方位を計測

 船上での構造地質学者の仕事は、基本的に「方位計測」である。半割されたコアの中に見られるさまざまな構造(地層の堆積面や、断層・褶曲などの変形構造)を全て記載し、コアの座標の中でその方位を計測する。その後、古地磁気測定のデータを基に補正し、実際の方位に戻される。そうして得られた地層の傾斜や断層の方位をプロットし、掘削孔で観察される地層の変形の全体像をつかむのだ。

 氏家さんはIODPの前身である国際深海掘削計画(ODP)時代の第190次航海でこの仕事を経験していたため完全にお手のものであり、私もその指導を直接受けることによって比較的すんなりとなじむことができた。

乗船4日目、回収されたコアで方位計測する筆者。コアは船上に回収されると、縦方向に半分に切断される。半割コアの一方は試料採取用(ワーキングハーフ)に、もう一方は保存用(アーカイブハーフ)として冷蔵保存される。(提供:山口飛鳥)
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 構造地質学者が記載を終えた試料採取用の半割コア「ワーキングハーフ」は、ただちにサンプリングが行われる。サンプルは欲しい人が勝手に採っていいのではなく、航海開始前に目的や必要な量などをまとめたプロポーザル(サンプルリクエスト)を提出し、厳密な審査が行われた上で初めて許可される。

 採取予定箇所の横には爪楊枝(つまようじ)で作った小旗を立て、旗が全て出揃ったあとに、その箇所から必要な量を採取する。採取したいサンプルの位置が重なると、当事者間で調整が行われ、それでも調整がつかないと共同首席研究者の裁定が下される。断層帯のコアはリクエストが集中し、コアの横には旗がところ狭しと立ち並んで壮観だった。

コアサンプルを採取したい箇所に立てる、爪楊枝で作った小旗。研究者の名前が書いてある。希望者が重なると、当事者間で話し合いが行われ、それでも解決できないと、共同首席研究者の裁定が下る。(提供:山口飛鳥)
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不名誉な“Chikyu Time”

 実験室のホワイトボードには最新の掘削深度およびコアのリカバリー(回収率)が逐次アップデートされ、掘削がどんどん進んでいることがわかる。しかしコアはなかなか実験室まで運ばれてこない。これは、X線CT撮影や、その後の非破壊物性計測に時間がかかっていたためであり、コアフロー(採取されたコアを処理する流れ)が定着していなかったこの時期にありがちなトラブルだった。

「ちきゅう」が初めてコア採取を行った、直前の第315次航海では、米国の掘削船「ジョイデス・レゾリューション号」に乗って南海トラフやバルバドス沖での掘削に携わった、歴戦の猛者ともいうべきベテラン研究者が多数乗船しており、この長い待ち時間のことを “Chikyu Time” と呼んで小馬鹿にしていたという。

 第316次航海でも “Chikyu Time” の噂は広がっており、日本が誇る最新鋭掘削船に乗り込んだつもりの私としては忸怩(じくじ)たる思いだった。また、澤田さんのブログにあるように、科学掘削のノウハウが十分に共有されていなかったためか、得られるコアは掘削に伴う変形で乱されているものが多く、我々構造地質グループは、天然の変形と掘削時変形との区別に悩まされることになった。そんな中、乗船して最初の嵐の日がやってきた。

初めての嵐にギブアップ寸前

「ちきゅう」は5万6000トンもある巨大な船なので、海が荒れようが台風が来ようが全く揺れないだろうとお考えの方もいらっしゃるだろう。私も乗船前はそう思っていた。しかし、船が水に浮いているものである以上、そんなことはない。揺れるときはそれなりに揺れる。乗船直後、少し大きめの低気圧が来た。

海は時に荒れ狂う。「ちきゅう」は掘削を始めると嵐でも作業は続く。最初の嵐では気分が悪くなってギブアップ寸前になったが、船上での研究を何度か経験して、今では船酔いにも強くなった。(提供:山口飛鳥)
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「ちきゅう」はスラスタを全力にして、3ノット(時速約5.5キロ)を超える黒潮の速い流れの中、定点保持にあたっている。船全体が大きく揺れる。窓の外を見ると、海には白波が立ち、掘削中は移動できない「ちきゅう」の横で監視を続ける緑色の小さな警戒船が木の葉のように揺れている。そんな状況でも掘削は休みなく続けられ、コアはどんどん上がってくる。

 揺れの中で半割されたコアをじっと見つめて計測し、データをパソコンに入力していると、当然のことであるが酔ってくる。やばい。しかし記載しないわけにはいかない。私達が記載したコアはその後でサンプリングが行われ、冷蔵庫に保管されるので、コアフローを止めるわけにはいかないのだ。しかし気持ち悪い。こみ上げてくるものをこらえ、土気色の顔をしてコアを記載する私を見て、氏家さんが言った。

「……コアにだけは吐くなよ」

 確かに、そんなコンタミ(試料汚染)をさせてしまっては、化学分析などは二度とできなくなる。結局、この日は早くに休ませていただいた。幸い、翌日には嵐は通り過ぎていた。