第5回 木村学 南海トラフからのクリスマスプレゼントとお年玉

 コアの入ったパイプがついに船上に上がってきた。コアは掘削に使われた鉄製のパイプから抜かれ、プラスチックチューブに入れられた状態で研究者の元に運ばれてくる。しかし、その中身がどれほど試料で満たされているかは、掘削の泥で汚れていることもあり、外から見ただけではわからない。中身を確認するために、長い円柱状のコアは1メートルずつに切って、直ちに実験室内でCTスキャンにかけられる。病院で体内を検査するあのX線CTスキャナーである。

南海トラフから回収されたばかりのコアを前に、興奮気味の研究者たち(中央が私)。どのようにコアを開封するか、試行錯誤が繰り返された。(撮影:山口飛鳥)
南海トラフから回収されたばかりのコアを前に、興奮気味の研究者たち(中央が私)。どのようにコアを開封するか、試行錯誤が繰り返された。(撮影:山口飛鳥)
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 実はこのスキャナー、米国の掘削船にも搭載されていない、「ちきゅう」独特の装備なのだ。コアを分析して、さまざまな研究が行われる。その中でいつも競合するのが、直ちに圧力をかけてコアをつぶし、その中の間隙にある水を絞って化学分析をする研究と、一切破壊せずに内部の微細な組織を観察する研究である。断層の研究ではどちらも欠かせない。そこで関係する研究者が相互に慎重に観察し同意した上で、間隙水を絞り出す研究が行われてきたのである。その判断は間隙の水がすぐに汚染されるので急がなくてはいけない。

 しかし、時に事件が起こる。私が米国の船で初めて共同首席研究者を仰せつかったコスタリカ沖中米海溝掘削で、それは起きた。

 地球化学者が絞ってしまったコアは、構造地質学者が破壊せずに研究しようと、船上で待ちに待っていたプレート境界断層だったのである。絞ってしまった30センチ弱の長さのコアより上は激しく破壊されている。しかし、下は全く変形していない地層だったのである。一番大事な断層最下部のコアが破壊されてしまったのである。激しい口論で責任者捜しが始まった。

 口論を繰り返してもコアは戻ってこない。「done is done」。米国人の共同首席研究者の名裁きで、一切の口論は止められた。「覆水盆に返らず」なのである。数年後、再度の掘削が実施され、断層は回収されたとのことである。

 世界からやって来る研究者の多くは、その事件を知っている。だから「ちきゅう」が新しく備えたCTスキャンの画期的意義は深く理解され大変期待されたのである。

大きなクリスマスプレゼント

 そのCTスキャンにコアを次々と通す。そして決して絞ってはならない最重要コアを次々と決定してゆく。大きな威力を発揮した。それらの作業を終えた時、私たちは大きな仕事をなしえた確信をもった。地震性分岐断層の内部組織と物質が、世界で初めて得られたのである。私たちにとって、大きなクリスマスプレゼントとなった。

 一刻も早く中を肉眼で見たい。しかし、私たちと構造地質学者は慎重に議論した。中を見るために施さなければならない分割の作業そのものが、断層組織を破壊してしまう。それほど脆弱であることは確実なのだ。さまざまな知恵を出し合い、断層近傍の試料を使いながらコアの開封実験を何度も試みた。最良の方法が見つかった。焦りは禁物なのである。