番外編 稲垣史生「海底下に世界最深の生命圏を発見」のここがスゴイ!

JAMSTEC上席研究員の稲垣史生さんらの研究チームが、深海底のさらに下の地中2.5kmに微生物の生態系を発見、米科学誌「サイエンス」に論文を発表しました。海底下深くにどんな生物が生息し、どんな役割を果たしているかもわかってきたと言います。筆頭著者である稲垣さんに、今回の発見の「実はここがスゴイ!」を解説していただきましょう。(編集部)

地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」プロジェクトの概念図。(画像提供:海洋研究開発機構)
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 深さ1000メートルを超える深海底のさらに奥深く、何枚もの地層が折り重なる地下空間に、膨大な量の未知生命がいることをご存知だろうか?

 地球に残された最後の生命圏フロンティアとも言われる「海底下生命圏」である。その住人は、直径がおよそ500ナノメートル(1/2000ミリ)程度の、顕微鏡でしか見ることのできない小さな微生物たちだ。

 過去10年以上にわたり、科学掘削船で海底を掘り、地層サンプル(堆積物)に含まれる微生物の研究が行われてきた。最新のデータによると、海底下には地球全体で2.9×10の29乗個の単細胞の微生物がいると考えられている。宇宙空間の全恒星の数よりもはるかに多い天文学的な数だ。一つ一つの微生物は小さくても、その小さなパワーが無数に集まることで、地球内部の炭素循環を調節する重要な役割を果たしている。例えば、次世代エネルギーとも言われるメタンハイドレートなども、実は海底下の微生物が作ったものが多いことがわかっている。

 ところがその実態についてはまだわからないことが多い。海底下のどのくらい深くまで生命が存在するのか? それらはいったいどんな微生物で、どのように生きているのか?
 こうした謎を探るべく、2012年7月から9月にかけて、我々は地球深部探査船「ちきゅう」を用いて、青森県八戸市の沖合約80kmの地点で、統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」という国際プロジェクトを実施した。ライザー掘削システムという石油業界で培われたテクノロジーを使って海底を掘り進み、当時の科学海洋掘削における世界最深掘削記録2111mを19年ぶりに更新する、海底下2466mまでのサンプル採取に成功した。

 採取してまもなく、海底下の環境についていくつかのことがわかった。海底下約1.5kmより深い地層には厚さ30cm以上の石炭層が17箇所あり、なかでも海底下約2kmの石炭層は、約7.3mもの厚さがあること。石炭としての熟成がはじまったばかりの「褐炭」とよばれるものだ。

 採取された地層サンプルに含まれる微化石や鉱物から、これらの地層が約2000万年以上前に植物の生い茂る湿地や干潟のような沿岸環境で、日本海の拡大と日本列島の形成に伴って海に沈降したものであることも判明した。当時の環境は、現在の釧路湿原のような泥炭(ピート)を作る環境だったかもしれない。

 海底下の環境は、深くなるにつれて温度が高くなる傾向があるが、掘削孔の最深部2466mの地点の温度は約60℃と比較的暖かかった。これまでに122℃で生育できる微生物が海底熱水噴出孔から分離されていることを考えれば、深いながらも十分に生命が生息できる自然環境である。