掘削、特に海洋掘削は文字通り「手探り」である。自分の目でどこを掘っているのかを見ることができない分、経験と勘が必要となる。海の中を通って、海底深くパイプの先端で仕事をしているドリルビットが今どんな状況にあるのかを、モニターに現れるさまざまな数値から読み取っていく。掘削孔の状態はどうなのか? 崩れ始めてはいないのか? このまま掘り進めるのか、あるいはケーシングを入れる必要があるのか? ここで判断を誤ると、トラブルに見舞われる。
海底に掘削孔を掘っていく上で、一番のトラブルは「もの」を落とすということだ。掘削孔の中に、ドリルパイプや観測機器を落としてしまうと、それでその掘削孔は終わりになってしまう。
最初の科学掘削航海でもこのトラブルが起きた。計測機器をつけたドリルパイプを下げて、地層の状態(応力、砂か泥かなどの性質、間隙率など)を計測していた。ところが、穴の壁が崩壊し、パイプの先端が埋まってしまった。普通なら、回転する、引っ張る、「泥水」を強めに流す、などの方法で頑張ると、なんとか抜け出せるのだが、この時はどんなに頑張っても抜け出せなかった。最終的にはパイプを切断するしかなく、最初の科学掘削航海の苦い思い出として残っている。
トラブルは記憶に残りやすいので、トラブルの話をしてしまうのだが、もちろんトラブルばかりではない。というよりは、トラブルの方が稀である。実際、成功した時の喜びは、観客(研究者)がその場にいるので、石油掘削をやっていたときよりは、はるかに大きい。
例えば、同僚の江口も研究者の斎藤さんも書いていた東北地方太平洋沖地震調査掘削JFAST(IODP第343次航海)は、やはり大きく記憶に残っている。研究者も技術者も一丸となっての準備の期間も大変であったし、航海も天候待機やさまざまなトラブル続きで一時はどうなることかと思った。結果は、斎藤さんが書いていたように、大成功! 喜ぶ研究者たちの顔を見ていると、月並みだけど、文字通り、それまでの苦労も吹き飛ぶ思いだ。
IODP第314次航海から始まった南海トラフ地震発生帯掘削も、いろんな面で記憶に残っている。例えば、地震計などを含む複雑な観測機器を掘削孔の中に設置したIODP第332次航海。ターゲットは水深1900メートルの海底に、1000メートル弱の穴を掘って、そこに観測機器をセットする。海面近くでは黒潮が川のようなスピードで流れている中で、パイプを使って観測機器を海底に下ろしていく。前年に観測機器を下ろすテストをした時には、黒潮によって起こる渦励振(うずれいしん)といわれるパイプの振動で、観測機器が落下してしまっていた。翌年、渦励振を弱める方策を考え、挑んだ本航海であった。無事に掘削孔に観測機器をセットし、セメントで固定できたときの安堵感は今でも覚えている。この観測機器はその後、海底ケーブルネットワーク(DONET)に接続され、リアルタイムで陸上にデータを送り続けている。
ほかにもさまざまな科学掘削航海を行ってきたが、信頼できる掘削チーム・技術チームの面々に恵まれてきたと思っている。特に船上で一緒に仕事をするドリリングエンジニアの連中、俺の裏側(2週間おきに交代)で船上代表をやる相方。そして、研究者の面々。