JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」の乗船研究者や技術者によるリレーブログ。第4回は掘削技術者たちを率いる船上代表を務めてきた澤田郁郎さんの登場。もともと石油掘削に携わっていた澤田さんが科学掘削の世界に入ったのは約10年前、「ちきゅう」が産声を上げようとしていたときだ。石油掘削では百戦錬磨だった“掘削の親分”も、科学掘削では当初、問題続出で悪戦苦闘。そうした問題をいかに乗り越えて、「ちきゅう」を数々の成功へと導いたのだろう。(編集部)

「ちきゅう」のやぐら(デリック)を下から見上げると・・こんな感じ。 掘削船のシンボルであるデリックの頂上は海面から121m、最大1250トンの重量を吊り下げることができる。(提供:JAMSTEC)
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 俺の「ちきゅう」との関わりは2004年までさかのぼる。石油開発会社を辞めて故郷に帰っていた俺に声をかけてくれたのは、同じ会社にいた掘削の先輩だった。

「科学掘削? なんだそれは?」

 これまで中東・中国・ベトナムなどで石油を追っていた俺には面白い話に聞こえた。それも当時としては最新式の掘削船だ! 海底に穴を掘ることに関しては、俺よりできるやつはそうそう日本にはいないという自負もあったが、なによりも「世界一」とか「世界初」という言葉に弱い。

 さまざまな装備や設備を取り付ける艤装から関わり、試験掘削も下北半島沖で行い、その後ケニア沖でも試験掘削を行った。そして、2007年9月21日に初めての科学掘削である統合国際深海掘削計画(IODP)第314次航海が始まった。

 それまで、いわゆる研究者との付き合いはほとんどなかった。科学掘削と石油掘削の違いは、科学掘削は掘っても石油もガスも出ないんだ、程度に思っていた。当時の上司に言われたのは、「研究者は掘削なんか何も知らないのだから、とりあえず掘れば大丈夫!」という一言だった。

 そうして始まった「ちきゅう」の最初の科学掘削。俺のポジションは「船上代表」。つまり、掘削中は誰よりも船上で偉いポジションだ。掘削クルーはもちろん、誰もが俺の言うことを聞くはずであった。だがしかし・・・・・・

 IODP第314次航海の共同首席研究者は米国ウィスコンシン大学マディソン校のハロルド・トビン博士と海洋研究開発機構(JAMSTEC)の木下正高博士だった。さて、このトビン博士がくせ者であった。これまでの科学掘削航海への参加は5回。当然、掘削に関する知識はそれなりに豊富である。その上、これまでの乗船はすべて米国の科学掘削船「ジョイデス・レゾリューション(JR号)」、この船は1980年代から科学掘削を行っており、言ってみれば、手練の掘削船であり、経験値を比べると、「ちきゅう」は幼稚園生、JR号は大学生ぐらいの違いがあった。このトビン博士、ことあるごとに、俺のオフィスにやってくる。その度に「どうしてそんな掘り方をするんだ?」、「もっと早く掘れないのか?」とうるさい。そもそも、研究者が掘削に口を出すなんて、全く聞いていなかったじゃないか!

 上司からは「研究者はお客様だから、まぁ、粗相のないように」とも言われていた手前、「うるさい!」とも言えない。ではあるが、うるさいのだ! もちろんその気持ちは言葉で伝えなくても、顔には出ている。航海が進むにつれて、トビン博士の俺に対する態度もだんだんとぞんざいになってきた。こうなると、どちらが「東」で、どちらが「西」かはともかく、「冷戦」状態である。自分のなかでは、研究者は掘削チームにとって「敵」である、という認識が生まれた瞬間であった。

「ちきゅう」トリビア

IODP第314次航海から始まる一連の航海は南海トラフ地震発生帯掘削と呼ばれている。いわゆる南海地震を起こすといわれている地震断層まで掘り抜いて、その断層を回収するのを最終目標としながら、潜り込むフィリピン海プレートの性状を明らかにしたり、地下深くに地震計などを設置したり、海底下の応力分布を調べたりしている。現在まで、8回の航海で53の穴を掘削し、もっとも深いものは海底面下3060メートルに達している。このあと地震断層があると言われている5200メートルまでの掘削を行う計画になっている。

ナショナル ジオグラフィック日本版 2015年7月号

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