第4回 澤田郁郎 科学を支える“掘削の親分” 

 我々と研究者の双方で、こういうことを積み重ねることによって、「リスペクト」を構築していくことができた。本ブログの第1回に江口が書いた、5分ずつ延長していったオペレーションも、お互いに相手を「リスペクト」していたから、できたと思っている。研究者に対する「猜疑心(さいぎしん)」が「リスペクト」に変わった時がいつだったかは今となってははっきりしないが、一つの象徴的なエピソードを記すことにする。

 冒頭のトビン博士との険悪な状況をそのままにしてきてしまった。その後の話をしよう。科学掘削航海が終わると、1年から1年半ぐらいあとに掘削オペレーションの反省会議(オペレーション・レビュー・タスクフォース会議)というのが開かれる。これは、該当研究航海のオペレーションがその航海の科学成果を達成するために適切であったかどうかを議論して、その後の航海計画に役立てようという趣旨である。簡単にいうと、同じ失敗を繰り返さないように研究者とオペレーターが侃侃諤々(かんかんがくがく)と議論して、よりよい未来を作りましょう、という会議である。

 会議は米国の首都ワシントンで開かれた。“アウェイ”である。行く前から、だいたい言われることは想像できていた。「敵」であるトビン博士の航海中の船上での言動からして、いい話になるわけがない。気が重かった。

 会議が始まった。共同首席研究者からの総括が始まった。トビン博士が話し始める。「???」。時差ぼけで頭が動いていないのは確かだが、どうも話している内容が予期していたものと違う気がする。どれだけ“ダメ出し”をされるかと思っていたのだが、どうもダメ出しという感じではない、というよりは、ん? 褒めている? いやいやそんなわけはないはずだ、ここでだまされてはいけないと早口の英語に集中した。トビン博士が続ける。「いろいろと掘削トラブルもあったが、JAMSTECのオペレーション部隊の健闘で、期待以上の科学的成果を得ることができた」、「『ちきゅう』が初めて行った科学掘削ということを考えても、期待以上の航海だった」、「今後のこのプロジェクトおよび海洋掘削科学の展開・発展を考える上で、『ちきゅう』とJAMSTECが果たす役割の重要性は大変大きいものと考える」。ちょっと待ってほしい、俺が期待していたのは、こんな流れではなかったはずだ。どうしよう、「敵」だったはずのトビン博士、割といいやつかもしれない!

 会議は無事に終わった、いろいろと白熱した議論も行われたが、心配したような非難の応酬はもちろんなく、さまざまな建設的な提案が出され、こちらも「ちきゅう」の掘削がいかに、米国のJR号の掘削と異なるのかの説明をきちんとすることができた。会議の後は、「飲み」である。この業界(海洋掘削科学業界)でも“ノミニケーション”が大事であることを実感したこの夜であった。そして、いうまでもなくトビン博士とは友人となり、トビン博士を「ハロルド」とファーストネームで呼ぶようになった夜であった。それから何年かたったが、今でも年に何回かは彼と会って、昼間は次の掘削計画とそこから生まれる科学について議論し、夜は飲むという関係が続いている。

2015年5月、東京・新橋で撮影したトビン博士とのツーショット。研究者たちと会議をした夜は、いつも宴会になる。二人とも3次会の顔で、ご機嫌!! 確か、3次会で締めたはずだが……(提供:澤田郁郎)
2015年5月、東京・新橋で撮影したトビン博士とのツーショット。研究者たちと会議をした夜は、いつも宴会になる。二人とも3次会の顔で、ご機嫌!! 確か、3次会で締めたはずだが……(提供:澤田郁郎)
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 話の流れからすると、このブログのバトンをトビン博士に渡したいところではあるのだが、残念ながら日本語限定の連載である。ということで、南海トラフ地震発生帯掘削計画で、トビン博士の、いやいやハロルドの日本側のカウンターパートで、そして、俺が大尊敬する東大の木村学教授にバトンを渡すことにする。

澤田 郁郎(さわだ いくお)

1982年秋田大学鉱山学部採鉱学科卒業。同年アラビア石油に入社し、2004年まで、石油掘削技術者として中東や東南アジア等で石油開発に従事。その後、海洋研究開発機構が所有する地球深部探査船「ちきゅう」の船上代表として勤務。現在は運用部部長として陸上で勤務する。南海トラフ地震発生帯の掘削や沖縄熱水海底下生命圏掘削など、石油開発とは違うチャレンジングな科学掘削を率いてきた。

地球深部探査船「ちきゅう」

2005年7月29日、建造完成。科学的調査や研究のために海底下7000メートルまで掘削することが可能。世界トップクラスの掘削能力を使って、地中深くからコアサンプルを採取し、地球の内部構造や巨大地震発生のメカニズム、生命誕生の謎などを解き明かそうとしている。2007年からは、日米が主導する統合国際深海掘削計画(IODP)の主力船として、南海トラフ地震発生帯や下北半島八戸沖の石炭層、東北地方太平洋沖地震の発生帯、沖縄熱水海底下の生命圏の掘削を実施してきた。究極の目標は、人類未踏のマントル到達だ。 全長:210メートル(新幹線約8両分)●幅:38メートル(フットサルコートの長さ)●船底からの高さ:130メートル(30階建てビル)●国際総トン数:56.752トン●最大乗船人員:200人●航海速力:12ノット(時速約22キロ)●航続距離:約14,800海里(27,410キロ)