第4回 澤田郁郎 科学を支える“掘削の親分” 

「船上代表」は一番偉いポジションだと書いたが、実際にどんな仕事を船上でしているのか。簡単にいうと「司令塔」。一緒に乗船しているドリリングエンジニアとともに、掘削計画をつくり、各掘削工程の指示書を作り、船上の掘削チームを動かす。「司令塔」と言うとカッコ良く聞こえるが、その裏側は、それだけの責任を負う、ということである。原則として船上のクルーは掘削チームも船の運航チームも12時間交代の2クルーで構成されている。しかし、船長や船上代表あるいは研究支援統括は一人しかいないポジションだ。掘削作業は1日24時間、1週間7日、切れ目なく続いていく。その作業の「親分」としては、常に指令を出し続けなくてはいけない。特にトラブルが起きた時は、文字通り徹昼・徹夜が続くことになってしまうのはご理解いただけるかと思う。一回の乗船は連続して2週間、ほぼこれが限界で、相方(もう一人の船上代表)と交代することになる。

 ものごとがうまくいくのはあたりまえ、問題が起きるとその責任は当然「司令塔」に帰されることになる。そういう意味で、180人近い人が乗っている「ちきゅう」船上でも、そう、とても孤独なポジションなのだ。

ドリラーズハウス内の俺(真ん中)。デリック下にある鳥かごのような部屋で掘削作業の指示を出す。さまざまな計器のデータから、見えない地下で何が起きているのかを想像するのは難しい。緊迫してくると、誰も俺に声をかけてこない、皆が俺の指示を待っている。(提供:JAMSTEC)
ドリラーズハウス内の俺(真ん中)。デリック下にある鳥かごのような部屋で掘削作業の指示を出す。さまざまな計器のデータから、見えない地下で何が起きているのかを想像するのは難しい。緊迫してくると、誰も俺に声をかけてこない、皆が俺の指示を待っている。(提供:JAMSTEC)
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「どうして掘削を?」という質問をされることがある。大学時代は鉱山学部採鉱学科に在籍していた。学生実習で色々な鉱山に行くことがあった。石炭は一日いただけで、鼻の中まで真っ黒だ! 金属資源、山歩きはそんなに趣味じゃないんだよな。お、石油掘削は、歩かなくていいし、きれいだし文明にも近いしな。というほど単純な動機でもないのではあるが、卒業後は石油開発会社、それも大手ではなく当時日本国内にフィールドを持たない独立系、に就職した。それから世界各地のオイルフィールドを渡り歩く人生(こういう人たちを「オイルフィールドトラッシュ」と呼ぶ)が始まった。サウジアラビアが一番長かったが(2回隣国の戦争も経験したし)、他にも中国、ベトナムなどの洋上で、石油を掘ってきた。

「ちきゅう」で行う掘削には大きく分けて2通りのやり方がある。一つは「ライザーレス掘削」。そしてもう一つが「ライザー掘削」だ(図を参照)。ライザーレス掘削は、船上から海底へパイプを下げ、そのままグリグリと海底下を掘っていく。この時、船上からパイプを通して海水を掘削孔の中に送り込み、この海水が掘りクズを海底面に運んで、掘削孔が埋まらないようにする。しかし、この掘り方だと、送り込む海水の比重に穴の周りの地層の圧力が負けた時に、掘削孔の壁が崩壊を始め、それ以上深く掘ることはできない。

海洋掘削にはライザー掘削とライザーレス掘削があり、科学掘削船でライザー掘削ができるのは「ちきゅう」のみである。ライザーレスにより掘削できる深度は最大でも海底面下2000m程度だが、「ちきゅう」は、ライザーシステムを使うことで海底面下7000m(水深2500m)まで掘削する能力をもつ。(提供:JAMSTEC)
海洋掘削にはライザー掘削とライザーレス掘削があり、科学掘削船でライザー掘削ができるのは「ちきゅう」のみである。ライザーレスにより掘削できる深度は最大でも海底面下2000m程度だが、「ちきゅう」は、ライザーシステムを使うことで海底面下7000m(水深2500m)まで掘削する能力をもつ。(提供:JAMSTEC)
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 これに対して、ライザー掘削は、ライザー管と呼ばれる太いパイプで、海底下の掘削孔と船上をつなぎ、「泥水(でいすいと読む)」という比重をコントロールした液体を循環させることによって、掘削孔の周りの地層の圧力を常に若干上回る状態で掘削することができる。この「泥水」はまた、掘削孔の中の掘りクズ(「カッティングス」という)を船上に持ち上げることによって、穴の中をきれいにすると同時に、そのカッティングスはどんな地層を今掘っているかの情報をもたらしてくれる。ある程度まで掘ったところで、ケーシングというパイプをセットし、さらに比重をあげた「泥水」でその下の区間を掘ることができるので、より深いところまで掘削することができる。「ちきゅう」は、世界で唯一この「ライザー掘削」ができる研究船なのだ。

「ちきゅう」トリビア

「泥水」。どうしても「ドロミズ」と読んでしまいそうだが、「デイスイ」である。もう少しカッコ良く言うと「掘削流体」。海水にバライトという鉱物を混ぜて比重の調整をするのだが、そのほかに地層の割れ目から流体が逃げてしまうのを防ぐために薄壁を作ったり、カッティングスを効率よく運ぶため粘性をコントロールするポリマーやpHの調整などなど、そのレシピは多岐にわたり、掘削する地層の状態に合わせて、船上で調合される。どこまで深く掘れるかは、この「泥水」に負うところが大きく、それなりに高価でもある。