実はこの「刻み戦法(short-advanced coringと言う)」を始めた5月21日は、金環日食が観察できる日だった。刻々とタイムリミットが近づくなか、断層サンプルが回収できずに手ぶらで「ちきゅう」を降りるかもしれないという不安を抱えた状況ではあったが、研究チーム一同、ヘリポートで日食の観察会を行うこととなった。
午前8時ごろだっただろうか。見事な金環日食を観察することができた。私は「こんな素晴らしい日食が観られたのだから、今日はきっといいことがあるに違いない!」と根拠のない見通しを言ってみたし、「私にはあの金環日食が金のドリルパイプに見えた!」などと言う人までいた。
そしてその日の午後3時ごろ、その瞬間はやってきた。「これが断層だ!」。興奮と歓喜に包まれる船内。この航海で最も重圧を感じていたのは「ちきゅう」の船上代表者である猿橋氏だったであろう。
「これが断層でいいんですか? 斎藤さん、本当にこれでいいんですね?」
「はい。断層です(ニヤリ)」
「やったーー!」
と、子供のように飛び上がって喜んでいた猿橋氏の様子が今でも鮮明によみがえってくる。
回収された長さ1メートルの断層サンプルは今にも崩れそうなボロボロの岩石。こんなもろい岩石を7700メートルものドリルパイプを下ろして取り出せたことは奇跡的であり、科学者と技術者が知恵を絞って成し遂げた快挙。こうして我々は、技術的に難易度の高いミッションでワンチャンスをものにして、54日間の航海の51日目にして東北沖のプレート境界断層のサンプルを手にすることができたのだった。
この航海を支えたのは乗船メンバーのチームワークの賜物と言えるだろう。トラブルによる待機が続くなか、航海の最後までひたすら断層サンプルを待ち続けた研究チームの忍耐。ともすれば険悪なムードに陥りがちな状況のなか、常に研究チームの士気を高めた江口EPMの貢献は特筆に値する。また、多くの女性研究者が活躍したのもこの航海の特徴だった。彼女らは第一線の研究者であるばかりでなく、船内を常に明るい雰囲気にしてくれた。男女共同参画という観点からも申し分のないプロジェクトだったと言えるだろう。